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【キングダム】黒羊丘の戦いでの摩論の活躍とは?桓騎軍の中では摩論が一番まともな人間!?

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黒羊編は飛信隊が桓騎軍と共に趙の要衝・黒羊丘へ侵攻するエピソード。

このエピソードの見どころはやはり桓騎軍との初タッグであり、山陽の戦いからぼちぼち登場してはいたものの詳しく描かれていなかった桓騎軍幹部たちの活躍をようやく見ることができます。

彼らはとにかく1人1人が超個性的ですが、今回はその中でも元野盗の荒くれ者集団に在っても常に紳士的な振る舞いを欠かさない“紳士”摩論(まろん)に注目

黒羊丘の戦いにおける摩論の活躍をまとめていきます!

 

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【キングダム】黒羊丘の戦いのあらすじ

加冠の儀を終え嬴政を中心とした国造りが進み始めた秦は、ついに中華統一に向けて本格的に他国への侵攻を開始します。

昌平君の計算では「中華統一に秦が高い士気で挑める年数はたったの15年」であり、一手も無駄にはできません。

慎重に道を探る昌平君は、楚の大きな動きを受け「趙攻め」に方針を決定

その大事な初戦として紀元前237年、飛信隊は桓騎率いる本軍と合流して趙・黒羊丘へ侵攻することになりました。

対するは合従軍で趙の総指揮を執っていた名将・慶舎

しかも黒羊は広大な樹海であるため、「5つの丘」を占拠した軍が勝利という特殊な戦いとなります。

そんな戦いで秦軍右翼を任された飛信隊は、相対する“離眼軍”に翻弄され、慶舎に狙われ、味方であるはずの桓騎に翻弄され…かつてない混沌とした戦いに立ち向かっていくことになるのでした。

 

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【キングダム】黒羊丘の戦いは何巻?

黒羊丘の戦いが収録されているのは41~46巻

41~45巻で黒羊丘の戦いが描かれ、45~46巻で黒羊の結末を受けた、今後に繋がる新たな動きが描かれています。

 

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【キングダム】摩論と桓騎の関係性とは?

摩論は桓騎軍の幹部

桓騎軍参謀でもあり、桓騎軍の基本的な作戦は摩論が立てています

そのため軍議を進行しており、黒羊丘の戦いでは飛信隊にも作戦を伝えています。

摩論は幹部だけに桓騎との付き合いも長そう。

しかし肝心な“桓騎の”策は参謀・摩論に伝えられないことも多いようです。

それを摩論はただ「困ったお人だ」と受け止めるほど桓騎を信頼しています。

ちなみに摩論も元野盗ではありますが、常に口調と所作が丁寧であり、自らを「紳士」と名乗っています。

といっても相手を小馬鹿にするような言動も多く、うさん臭さが目立つ“自称”紳士です。

 

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【キングダム】摩論の強さとは?

摩論は参謀を務めるだけあって桓騎軍随一の知将です。

黒羊丘の戦いではさらりと「趙の抱える危険な武将の名は1人と漏れず頭に入っている」と言っており、日頃から情報収集を欠かしていないことが窺えました。

あらゆる情報をしっかり把握した上で、高い統率力と対応力で軍を展開していくのが摩論の強さです。

 

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【キングダム】中央丘を巡る戦いへ

黒羊は城などない広大な樹海であり、「5つの丘を占拠すること」が勝利条件となります。

中でも勝敗を決する重要な場所が中央丘。

この中央丘を手に入れられれば十中八九勝利となるため、初日は「前線を中央丘より奥につくる」という作戦を摩論は打ち出し、その先行隊として左翼に雷土軍、右翼に飛信隊を置きました

 

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【キングダム】摩論は桓騎軍と飛信隊の伝令係?

2日目の夜明け前、摩論が飛信隊にその日の作戦を伝えにやってきました。

作戦は前日同様、やはりとにかく前線を押し上げること。

この日から本格的に両中央軍による「中央の丘取り合戦」になることが予想される中、平地(右翼・左翼)の前線が押し込めれば丘の麓から丘上の趙軍を挟み撃ちにでき、丘取りを有利に運ばせることができるのです。

摩論が飛信隊のもとまでわざわざ直接伝えに来たのは、その平地の役目が前日よりさらに重要になったからです。

前日に飛信隊は「前線を中央丘より奥につくる」という作戦を失敗させ前線を大きく下げてしまったので、今日こそは失敗は許されないぞという脅しも兼ねているのでしょう。

摩論は「必ず中央丘の横まで軍を進めること」を“最低限の約束”だと釘を刺していきました。

 

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【キングダム】桓騎の策に摩論も困惑?

2日目から摩論は中央軍として中央丘左半円に進軍し、趙・金毛軍と対峙しました。

その日は全体的にほぼ互角に終わりましたが、翌3日目、前線を押し上げ右平地の主導権を握った飛信隊が中央丘に向けて移動を開始しました。

これはまさに摩論が言っていた「丘の麓から丘上の趙軍を挟み撃ち」であり、これによって秦軍の攻め手が多い状況が完成

どんな手を使っても大いなる戦果を望めるほどの有利な局面となり、敵味方の誰もが桓騎の一挙手一投足に注目しました。

が、桓騎はなんと一切何もしないまま3日目を終えたのでした。

これには趙軍や飛信隊だけでなく桓騎軍の面々も戸惑いを隠せなかったものの、桓騎を理解する摩論たちは「明らかに確信的な動き」だと感じており、桓騎を信じて翌日を戦うことにしました。

ところが翌4日目、趙総大将・慶舎の動きから一気に戦場は動き、摩論のいる中央丘も激しくぶつかり合っていたのですが、なんと突然桓騎から「丘から全軍撤退」の命令が!

丘を取るために命懸けで戦っていた4日間がすべて無に帰す命令に、いつも饒舌な摩論すらさすがに口をつぐんだのでした。

しかし「四の五の言わずに昔みたいに俺を信じろ。俺のやっていることはいつも完全勝利の結果に繋がっている」という桓騎の言葉で皆の溜飲は下がりました。

 

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【キングダム】桓騎軍と飛信隊が一触即発?その時摩論は?

丘を趙軍に無条件で渡した桓騎が翌5日目に行ったのは、黒羊の樹海の中に点在している集落を焼くことでした。

桓騎はその集落の住民たちの遺体で砂鬼一家に悍ましい『贈り物』をつくらせ、趙軍に送り付けたのです。

しかし無関係の集落を襲うという行為に信と羌瘣が激怒!

怒りのままに桓騎兵を斬り、桓騎本陣まで乗り込んできました。

信と雷土が殴り合いになり、黒桜も弓を構え、一触即発の状態に。

摩論は飛信隊と戦争になることを懸念して一応止めようとしますが、桓騎が羌瘣に人質に取られるとすぐに諦めて静観モードとなりました。

 

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【キングダム】黒羊丘の戦いの結末

桓騎の『贈り物』は、4日目に信に討たれた慶舎に代わり趙軍を率いていた離眼城主・紀彗のもとに「離眼城でこれ以上の惨劇を起こしてやる」という伝文をつけて送られました。

このまま黒羊丘を守れば離眼が侵略を受けるかもしれない、離眼を守りに丘を下りれば趙西部一帯が失われるかもしれない…そんな究極の選択を迫られた紀彗は、苦渋の末に離眼に帰還。

趙軍はその後、慶舎軍の金毛と岳嬰が丘に留まりギリギリまで徹底抗戦したものの、ゼノウ一家と飛信隊の突撃を受けて全軍撤退し、秦軍の勝利で戦いは終結しました。

仲間たちに不満を抱かせ、飛信隊と戦争寸前まで揉めた桓騎の黒羊丘の戦い。

しかし結果的だけ見れば桓騎は「戦死者の数が開戦前の予想の半分以下」しかも「5日というスピード攻略」という、大軍略家の出せる以上の見事な結果を叩きだしたのでした。

ただし桓騎軍幹部の那貴が飛信隊に移るという、桓騎も予想していなかった出来事も起きてしまったのでした。

 

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まとめ

摩論は桓騎軍の参謀であり“自称”紳士。

オギコとは別タイプの「変な奴」という感じでしたが、黒羊丘の戦いは基本的には摩論の作戦に沿って行われており、しっかりと参謀としての存在感を示していました。

肝心なところは桓騎に翻弄されていたものの、摩論が桓騎軍の戦いを支えていることが分かったエピソードだったかと思います。

金毛との戦いがあまり詳しく描かれなかったことがやや残念ではありますが、黒羊丘の戦いは摩論がどんなキャラか知ることができるので是非紳士的な振る舞いも含めてその活躍に注目してみてくださいね。

 

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