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馬介(ばかい)将軍とは何者なのか
結論から言うと、馬介は呉鳳明傘下の魏の将軍です。什虎城攻略戦で、突撃してきた楚の将軍・玄右に返り討ちにされて戦死しました。
出番はほんのわずかです。それでも「キングダム ばかい」「馬介将軍」と調べる人が絶えないのは、顔の痣と目を象った甲冑という強い見た目のまま、一瞬で退場したからだと思います。この記事では、馬介が加わった什虎城攻略戦の流れ、最期の場面、討った玄右とはどんな将か、そして馬介の死が戦局に与えた影響を見ていきます。
この記事でわかること
- 馬介がどんな将軍だったか
- 什虎城攻略戦での配置と最期
- 馬介を討った玄右とは誰か
- 馬介の死が魏軍に与えた影響
馬介のプロフィール
馬介は魏の大将軍・呉鳳明の傘下にいた将軍です。顔の左側に大きな痣があり、目を象った兜と甲冑を身につけています。突撃のときも声を張り上げない、寡黙な将として描かれました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | ばかい |
| 立場 | 魏の将軍。呉鳳明の傘下 |
| 登場する戦い | 什虎城攻略戦(60巻〜61巻) |
| 配置 | 魏軍の最左翼 |
| 最期 | 突撃してきた玄右に返り討ちにされて戦死 |
| 見た目 | 顔の左側の痣、目を象った兜と甲冑 |
什虎城攻略戦とはどんな戦いだったのか
鄴を落としたあとの秦は、趙の防衛線を抜けずにいました。そこで昌平君は魏に、楚の要衝・什虎を一緒に落とし、落とした什虎を魏に譲るという条件で3年の同盟を持ちかけます。
先に動いたのは蒙武です。蒙武軍が什虎へ向かうと、亡国の将たちが集まった什虎軍が出てきて、月地平原でぶつかりました。そこへ騰軍、楚の援軍として項翼・白麗軍、そして同盟を受けた呉鳳明の魏軍が次々に加わります。馬介はこの魏軍の一員として戦場に入りました。
馬介の最期はどう描かれたのか
魏軍は楚軍を挟み撃ちにする形で、玄右・白麗軍と向き合います。右翼に龍范、左翼に荀詠、そして最左翼に馬介が並びました。魏軍は三方から攻めかかり、馬介の軍も敵の前線を下げさせていきます。
流れが変わったのは、玄右が自ら前に出てきたときでした。精鋭の黄鋒を連れて突撃してきた玄右に、馬介は返り討ちにされて戦死します。勢いに乗っていた側の将が、一瞬で討たれた場面でした。
僕はこう読む
馬介は、押している側の将として討たれています。
負けかけた将が討たれるのとは違い、勝っているはずの将が一太刀で消える。
その落差が、什虎軍が楚ですら持て余した強さを一場面で伝えています。
痣も兜も目立つ将をわざわざ置いたのは、消えたときの衝撃を大きくするためだと読んでいます。
馬介を討った玄右とは何者か
玄右は楚の将軍です。もとは楚に吸収された亡国の大将軍で、精鋭部隊「黄鋒」を率いています。満羽・千斗雲・寿胡王と同じく、行き場を失った将として什虎城を与えられた一人で、冷静でありながら武力と知略を兼ね備えていました。
玄右は馬介を討ったあとも戦場に残り、楚軍の本陣が落ちると、すぐに撤退を決めています。馬介を討った玄右は、什虎城攻略戦を生き延びました。
僕はこう読む
玄右は、負けると分かった瞬間に退く将です。
勝ち負けより、生き残ることを知っている。
国を失ってなお軍を率いてきた人の戦い方だと思っています。
だから馬介を討つ場面と、すぐ退く場面が、同じ人物の両面として効いてきます。
馬介の死が戦局に与えた影響
馬介が討たれたことで、魏軍の左側は崩れはじめます。龍范は魏軍本陣を救うために前線を離れ、左翼の荀詠が実質の総大将として戦い続けることになりました。
呉鳳明は什虎軍の思わぬ強さを見て作戦を切り替え、秦軍を主攻、魏軍を助攻にします。この切り替えで秦魏軍は優勢になり、騰軍が楚軍の本陣を落として勝利しました。什虎城も魏軍の別動隊が落とし、楚軍は王都・郢へ退いています。馬介の死は、呉鳳明が作戦を変えるきっかけになった出来事でした。
まとめ
馬介は呉鳳明傘下の魏の将軍で、什虎城攻略戦で玄右に返り討ちにされて戦死しました。
押さえておきたい点を並べます。
- 呉鳳明の傘下で、什虎城攻略戦(60巻〜61巻)に加わった
- 魏軍の最左翼で玄右・白麗軍に攻めかかった
- 突撃してきた玄右に返り討ちにされて戦死した
- 玄右は亡国の大将軍で、戦いのあとも生き延びた
- 馬介の死のあと、呉鳳明は秦軍を主攻に切り替えた
僕はこう読む
呉鳳明は、味方の将を一人失ってすぐに作戦を変えています。
馬介の死を悲しむ場面は描かれません。
将の死を、次の手の材料にしてしまう。それが呉鳳明という大将軍の怖さで、馬介はその怖さを見せる役も担っていたと読んでいます。
馬介を、玄右の強さを見せるための将として読むか、呉鳳明の非情さを見せるための将として読むかで、什虎城攻略戦の見え方が変わってきます。
——あなたは、什虎城攻略戦での馬介の最期を、玄右の強さを見せる場面だと受け取りましたか、それとも呉鳳明の非情さを見せる場面だと受け取りましたか。よければコメントで聞かせてください。
よくある質問
魏の将軍・馬介については、誰に討たれたのかと、どの戦いで出てきたのかをよく聞かれます。
Q. 馬介を討ったのは誰ですか。
A. 楚の将軍・玄右です。突撃してきた玄右に返り討ちにされました。
Q. 馬介はどの戦いに出てきますか。
A. 秦と魏が楚の什虎を攻めた什虎城攻略戦です。単行本では60巻から61巻にあたります。
Q. 玄右はその後どうなりましたか。
A. 楚軍の本陣が落ちるとすぐに撤退を決め、什虎城攻略戦を生き延びています。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年10月1日


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