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【キングダム】オルドは本当に無能なのか?知力85武力93の燕軍総大将が函谷関で負けた理由!

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オルドは本当に無能なのか?

結論から言うと、オルドは無能ではありません。公式ガイドブックでは知力85・武力93と評価される燕の大将軍で、函谷関の一戦で王翦(おうせん)に読み負けたことが、その印象を作りました。

オルド 無能、という言葉で調べる方が多い将軍です。合従軍の敗因を作った戦犯という見方が定着しているためだと思います。では何ができて、何ができなかったのか。そこを分けて整理します。

この記事でわかること

  • オルドの能力値が知力85・武力93であること
  • 北の50の山岳族をまとめる王でもあること
  • 山読みという固有の技術を持っていること
  • 函谷関で王翦の予備隊を急襲し、後退させた実績があること
  • それでも戦犯と呼ばれる理由

燕の大将軍であり、山岳族の王でもあります

オルドは燕国の大将軍です。口髭と顎髭を蓄え、右頬に三日月のような刺青を入れた巨躯の男として描かれています。

経歴が独特です。平地で生まれ、山岳地で育ちました。そして北の50の山岳族をまとめあげ、その王となっています。

つまり燕の将軍という肩書きと、山の民の王という立場を両方持っている人物です。カタカナの名前と彫りの深い顔立ちが他の中華の将軍と一線を画しているのも、この出自を表しています。

項目 内容
立場 燕国の大将軍。北の50の山岳族の王
能力値 公式ガイドブックで知力85・武力93
得意 山読み。山の奥の地形を読み取る力
主な戦い 函谷関の戦い(燕軍12万を率いる)、趙侵攻
史実 名前が残っておらず、オリジナルの可能性が高い

知力85・武力93という数字は、無能と呼ばれる将軍のものではありません。武力に至っては、作中の大将軍のなかでも上位に入る評価です。

山読みという固有の技術を持っています

オルドの強みは、山読みと呼ばれる力です。

目の前の山を見て、その奥に広がる地形を読み取る。山間で戦い続けてきた者だけが身につけられる技術で、軍略家としては極めて実戦的な能力です。

部下である山岳族たちもこれに秀でていますが、そのなかでもオルドは突出していると語られています。実際、函谷関の戦いでは函谷関の横に広がる地形を完全に読み切っていました。

いくつもの山岳族を平定して王となれたのも、この力があってこそでしょう。趙へ侵攻した際に次々と城を落としていることからも、大将軍としての統率力そのものは疑いようがありません。

性格は豪快で、しかも冷静です

オルドは豪快に笑う明朗な人物です。小事にこだわらない性格で、合従軍では自国の将・劇辛を討った李牧に対しても、怒りを見せながら共に戦えることを喜んでいました。

実は、燕が李牧の呼びかけに応じたのもオルドのおかげです。国の英雄・劇辛が討たれてわずか1年後だったにもかかわらず、燕王を説得したのがこの男でした。

ただの戦好きではありません。劇辛が討たれた戦いについて、これは合従軍のための生贄だったのではないか、と捉えるなど、中華全体の動きを見据える視点を持っています。魏の呉鳳明(ごほうめい)も、見た目とは裏腹に鋭い、と評しました。

その一方で、総大将同士が並ぶ席では椅子を動かしてでも真ん中を取りたがるなど、子どもっぽい可愛らしさもあります

僕はこう読む

オルドが評価されにくいのは、比べられた相手が悪すぎただけだと思っています。
函谷関で当たったのは王翦。その後に立ちはだかったのは司馬尚と李牧です。秦と趙の最上位ばかりと連続でぶつかっています。
この三人を相手に勝ち切れる将軍が、そもそも中華に何人いるのか。普通の名将なら全敗して当たり前の並びです。
しかもオルドは、王翦の砦を攻略し、予備隊を急襲して一度は後退させています。趙では城を次々に落としています。
負けた相手の格まで含めて見ないと、この将軍の評価は歪むと読んでいます。

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函谷関では、一度は王翦を後退させています

問題の函谷関の戦いを、順に見ていきます。

オルドは燕軍12万を率い、合従軍の右翼として秦の王翦軍と対峙しました。王翦は函谷関脇の山間に堅牢な砦を築いて待ち構えます。

ところが山城攻めはオルド軍の本領でした。すぐに砦を攻略し始め、その裏で王翦軍の心臓部である予備隊を急襲し、王翦軍を後退させます。

ここまでは完全にオルドの試合です。中華最高峰の軍略家である王翦を、正面から押していました。

勢いに乗ったオルド軍は、函谷関の裏へ通じる大断崖を登り始めます。ここが罠でした。待ち伏せていた王翦軍に一網打尽にされ、主攻を担っていた選りすぐりの山岳兵を失います。

敗因は、動かなかったことでした

手痛い損害を受けたオルドは慎重になります。王翦軍を見失ったまま、王翦が撤収したあとの山城に入り、そこで留まりました。

その頃、函谷関では楚の媧燐軍が裏から攻め入り、あと一歩で陥落というところまで迫っていました

秦の窮地を救ったのが、オルドが対峙していたはずの王翦軍です。王翦はすでに函谷関の裏へ回っていました。オルドはその動きに気づけないまま、山城で待ち続けていたのです。

これが、オルドが動いていれば函谷関は落ちていた、と言われる理由です。合従軍の失敗を決定づけた不作為として、戦犯という評価が付きました。

ただし内容をよく見ると、負け方の質が違います。読み負けたのは事実ですが、その相手は秦国一の軍才を持つ王翦です。一度は後退させている以上、実力の差で押し切られたわけではありません。

燕という国と、オルドの位置

オルドの評価を考えるうえで、燕という国の事情も無視できません。

燕は戦国七雄の一つで、中華の北東に位置します。河了貂(かりょうてん)に言わせれば中華で最も謎の多い国です。秦とは趙を挟んだ反対側にあり、少し前まで中山という山間民族の小国が出口を塞いでいたため、情報が入ってこなかったと語られています。

その燕で名の挙がる大将軍は、楽毅(がくき)・劇辛・オルドの3人だけです。

楽毅は、諸葛孔明や高祖劉邦をして軍神と言わしめた人物で、40年前に東の超大国だった斉に対する六国合従軍の総大将を務めました。西に白起ら秦六将、中央に廉頗(れんぱ)ら三大天がいながら中華の均衡が保たれたのは、東に楽毅がいたからだと言われています。

劇辛は楽毅より二回り年下で、あのまま趙にいれば廉頗時代の三大天の一席を掴んでいた、とまで評された英傑でした

その二人が去り、いま燕を代表できるのはオルドだけです。看板を一人で背負わされている将軍だという点も、評価が厳しくなる一因になっています。

先ず隗より始めよ、から始まった国です

燕がなぜ人材を集められたのかにも、有名な逸話があります。

およそ40年前、燕は斉に滅亡寸前まで追い込まれました。国の復興を図った昭王は、臣下の郭隗の進言を受けて厚遇をアピールし、広く人材を募ります。まず自分のような者から優遇せよ、という、先ず隗より始めよの由来になった話です。

そこへやってきたのが楽毅と劇辛でした。二人の働きで、燕は逆に斉を滅亡寸前まで押し返します。

つまり燕は、外から来た人材で立て直された国です。山岳族の王であるオルドが大将軍を務めているのも、この土壌の延長にあります。中華の中心から見れば異物でも、燕にとってはむしろ普通のことでした。

そう考えると、オルドが燕王を説得して合従軍に加わらせた場面の意味も変わってきます。劇辛を失ったばかりの国を、もう一度中華の戦いへ引き戻したのは、この男の判断でした。

その後は趙へ攻め込んでいます

オルドが死亡したという描写は、いまのところありません。

函谷関のあとしばらく燕の動きは見えませんでしたが、秦が趙の鄴攻めへ動き出した頃、逆側から燕も趙へ侵攻を始めます。その軍を率いていたのがオルドでした。

燕軍は次々に趙の地を攻め落として進撃します。ここでも攻めの力は健在でした。ところが青歌で壁に突き当たります。三大天の座を断ったと言われる隠れた名将・司馬尚です。

圧倒的な兵力を持ちながら攻めきれず、その間に李牧の策で自国へ侵攻されたため、退却を余儀なくされました。以降、オルドは登場していません。

僕はこう読む

オルドの敗因は能力ではなく、慎重になった瞬間にあると思っています。
大断崖で山岳兵を失うまで、この人はずっと攻めていました。砦を落とし、予備隊を突き、王翦を退げています。
ところが一度手痛い罠を踏んだ途端、山城から動けなくなりました。王翦が本当に仕掛けたのは、その一手だったのだと思います。
兵を削ることではなく、判断を鈍らせること。オルドの山読みは地形には効きますが、相手の思考までは読めません。
無能だから負けたのではなく、読める範囲の外側から手を打たれた。これが函谷関の中身だと読んでいます。

まとめ|オルドをどう読むか

公式ガイドブックの評価は知力85・武力93。無能な数字ではありません。

実績を並べます。

  • 北の50の山岳族の王で、山読みという固有の技術を持つ
  • 函谷関では王翦の砦を攻略し、予備隊を急襲して後退させている
  • 大断崖の待ち伏せで山岳兵を失い、以降は動けなくなった
  • その後は趙へ侵攻し、青歌で司馬尚に阻まれて退却

僕はこう読む

オルドが評価されにくいのは、比べられた相手が悪すぎただけだと思っています。
函谷関で当たったのは王翦。その後に立ちはだかったのは司馬尚と李牧です。
秦と趙の最上位ばかりと連続でぶつかっています

敗因も能力ではなく、慎重になった瞬間にあると思います。大断崖で山岳兵を失うまで、この人はずっと攻めていました。一度手痛い罠を踏んだ途端、山城から動けなくなる。この評価を実力不足と読むか、対戦相手の面子の問題と読むかで、この将の見え方が変わってきます。

——あなたはオルドの評価を、実力が足りなかった結果だと思いますか。それとも、王翦・司馬尚・李牧と連続で当たった巡り合わせだと思いますか。よければコメントで教えてください。

よくある質問

オルドは函谷関と青歌で戦績が分かれます。公式の数値と実績から確認しておきます。

Q. オルドは無能なのですか?
A. 無能ではありません。公式ガイドブックでは知力85・武力93と評価されており、函谷関では王翦軍の予備隊を急襲して後退させています。

Q. なぜオルドは戦犯と言われるのですか?
A. 函谷関の戦いで王翦軍の移動に気づかず山城に留まり、その間に王翦が函谷関の危機を救ったためです。動いていれば落ちていたと言われました。

Q. 山読みとはどんな能力ですか?
A. 目の前の山を見て、その奥の地形を読み取る力です。山岳地で育ったオルドは、部下の山岳族のなかでも突出しています。

Q. オルドは死亡したのですか?
A. していません。趙へ侵攻して城を落としましたが、青歌で司馬尚に阻まれ、李牧の策で自国を突かれて退却しました。

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最終更新:2026年8月22日

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