政はなぜ向を伽に呼び続けたのか
結論から言うと、読書の時間を作るためでした。隣で全身を硬直させている向が都合よく、しかも向がいるとなぜか心地よく書が読める。政は本人にそう明かしています。
後宮には千人以上の宮女がいたとされます。その中で、出自も見た目も目立たない向が何度も寝所に呼ばれ、それでいて手すら触れられない。当の向自身が理由を分かっていませんでした。この記事では、その理由と、そこから向が正妻になっていく流れを追います。
この記事でわかること
- 伽とは何か、向がいつ呼ばれ、どう扱われていたか
- 政が明かした「呼んでいた本当の理由」
- 向が太后に放った言葉が、なぜあれほど重かったのか(カイの読み)
伽とは何か、向はどういう宮女だったか
伽(とぎ)は、宮女にとって最も重要な役割とされています。向が初めて伽に呼ばれたのは12歳のときでした。
向の出自は、田舎の貧しい商人の娘です。どのような商家だったか、家族についての詳細は描かれていません。見た目も、少し切れ長の目という以外に際立った特徴がなく、誰もが目を奪われるような美少女として描かれてはいません。千人を超える宮女のいる後宮では、いろいろな意味で地味な存在だったはずです。
性格も同じで、登場した当初は前に出ていくタイプではありませんでした。政のことは、いつも「大王様」と呼びます。
三度呼ばれても、手すら触れられなかった
向は伽に呼ばれても、なぜ自分が呼ばれるのか分からずにいました。理由ははっきりしています。三度呼ばれても、大王様に手すら触れられていなかったからです。
親友の陽は、この状況を聞いて言い切ります。伽は宮女にとって戦いであり、女の戦争だと。陽は向より1歳年上で、高貴な武家の出身です。きちんと教育を受けた、しっかり者の姉のような存在でした。
その陽の物差しで見れば、三度呼ばれて何もないというのは負けているのと同じです。ところが向は四度目の伽のとき、ふとした出来事から大王様に恋をしてしまいます。そして次に呼ばれた夜、向は初めて自分の名を名乗って挨拶をし、「お心の伽をさせていただく」と宣言します。
僕はこう読む
名乗ってから寝所に入る、という順番がすべてだと思っています。
それまでの向は「呼ばれた宮女」でしかありませんでした。名を名乗った瞬間に、はじめて個人になります。
お心の伽という言葉は、体ではなく役割を自分で定義し直す宣言です。与えられた役割の中で勝とうとした陽とは、そもそも土俵が違います。
地味だから選ばれなかったのではなく、地味なまま別の勝ち方を見つけた人だと読んでいます。
政が明かした理由——読書の時間
向が「お心の伽」を宣言した夜、政は呼んでいた理由を明かします。単純に、時間を読書にあてたかったからでした。
政は激務のなかで書物を読む時間が取れずにいました。伽に呼んでも隣で全身を硬直させて固まっている向は、その点で都合がよかったのです。
ただし理由はそれだけではありませんでした。政は向が隣にいるときは、なぜか心地よく書が読めると感じていたと語ります。周りに敵の多い政にとって、心を穏やかにして共に過ごせる相手が向だった、ということです。
僕はこう読む
この理由が身も蓋もないところが、いいのだと思います。
もし政が最初から向の内面に惹かれていたなら、ただの見初められた話になります。そうではなく、出発点は「静かで邪魔にならないから」でした。
敵だらけの王が求めたのは、愛情ではなく、警戒しなくていい時間だったわけです。
そのうえで「なぜか心地よく読める」という一点だけが説明できていない。政自身も理由を分かっていない。そこが後の関係の芽になっていると読んでいます。
呂不韋と太后の密会を目撃してしまう
向は木簡の片付けを忘れ、暗い後宮に戻った夜、太后の姿を見かけます。しかも太后は一人ではなく、呂不韋(りょふい)の手を引いて入ってきました。
向はそこで、呂不韋の言葉を聞いてしまいます。太后の後宮勢力が呂不韋の傘下に入るということは、実の子である大王様と明白に敵対することになるという内容です。さらに、十七年前の恋人二人が異国の地である秦を乗っ取る、という言葉まで耳にします。
血を分けた親子なのに、なぜ太后は大王様を助けないのか。それでもあなたは母親なのか。向はここで強い怒りを覚えます。この感情が、のちに向が太后へ放つ言葉の伏線になります。
その直後、向は太后に付き従う宦官・趙高に刺されます。血を流しながら大王様に伝えようと足を進めますが、陽の部屋の前で倒れ込みました。翌朝、倒れている向を見つけた陽がすぐ手当てを頼み、機転を利かせた行動によって、政が自らの医師団を連れて助けに向かうことになります。
合従軍、そして麗の誕生
秦が合従軍に攻め込まれる直前、向は身籠っていました。陽はもちろん、昌文君ら政の側近たちにとっても大きな喜びです。
合従軍との戦が最終局面を迎え、政が自ら蕞の地へ向かうと決めた直後、政は後宮の向に会いに来ます。向はお腹の子が大きくなってきたと話し、なんとか引き止めようとしました。それでも最後には「どうか、ご武運を」と送り出します。そして見送ったあと、その場で泣き崩れました。
のちに蒙驁将軍が亡くなるころ、向は女の子を出産します。娘の名は麗です。
太后に放った、母としての言葉
太后の色欲を埋めたのは、呂不韋が探してきた嫪毐という男でした。反乱の首謀者として嫪毐が裁かれるとき、太后は嫪毐との間に生まれた二人の子を助けてほしいと、息子である政に土下座して頼みます。
政は、二度と反乱が起きないようにと告げ、子を救うことはできないと伝えました。すると太后は剣を手に涙を流して暴れ、政に「産むんじゃなかった」という言葉をぶつけます。
その言葉を聞いた向は、太后に向かって叫びます。大王様だって、あなた様の偽りなき大切な御子ではないのか。大王様にとって太后様は、たった一人の母親だったのだと。
僕はこう読む
この場面で口を開けるのが向しかいない、という構図がよく出来ています。
昌文君でも陽でもなく、向です。理由は二つあると読んでいます。
ひとつは、密会を目撃した夜に「それでもあなたは母親か」という怒りをすでに抱えていたこと。感情の準備が何年も前に済んでいます。
もうひとつは、向自身が麗を産んだあとだったこと。母を経験していない向がこれを言っても、正論で終わりました。
読書の相手として呼ばれた宮女が、王の母に向かって母を語る。ここまでの距離を、この作品は静かに積み上げてきたのだと思います。
向と麗は史実にいるのか
史記によれば、秦の始皇帝の公子は20人以上いたとされます。そのうち名の知られているのは長子の扶蘇と末子の胡亥で、ほかにも血縁上の位置づけが分からない男子が数人いるようです。
ただし史記に、始皇帝へ正妻がいたという記述はありません。女子と考えられる名も残っていません。後宮に千人の宮女がいたことを思えば、名が残らないほうが自然だとも言えます。
現存する書物のみを史実とするなら、正妻としての向も、娘としての麗も、史実には存在しないということになります。記載がないことは不在の証明ではありませんが、確かめる手立てもありません。
まとめ|政と向の距離をどう読むか
政が向を伽に呼び続けたのは、読書の時間を作るためでした。本人がそう明かしています。
ただし、説明のつかない一点が残ります。
- 隣で全身を硬直させている向が都合よかった
- しかも向がいるとなぜか心地よく書が読める
- 三度呼ばれても、手すら触れられていない
- 向は名を名乗り「お心の伽」を宣言して、役割を自分で定義し直した
僕はこう読む
名乗ってから寝所に入る、という順番がすべてだと思っています。
それまでの向は「呼ばれた宮女」でしかありませんでした。
名を名乗った瞬間に、はじめて個人になります。
始まりが「静かで邪魔にならないから」だったのは、むしろいいところだと思います。敵だらけの王が求めたのは、警戒しなくていい時間でした。この関係を見初められた話と読むか、向が自分で作り変えた話と読むかで、二人の距離の意味が変わってきます。
——あなたは政と向の関係を、王に見初められた話だと思いますか。それとも、向が自分から名乗って作り変えた話だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
向が伽に呼ばれた経緯から、読書の時間という答えに行き着くまでを、順番に整理しておきます。
Q. キングダムの伽とは何ですか
A. 宮女にとって最も重要な役割とされるもので、王の寝所に呼ばれることを指します。向が初めて伽に呼ばれたのは12歳のときでした。
Q. 政はなぜ向に手を触れなかったのですか
A. 読書の時間を作るために呼んでいたからです。隣で緊張して固まっている向は都合がよく、加えて向がいるとなぜか心地よく書が読めたと政自身が明かしています。
Q. 向と娘の麗は史実に実在しますか
A. 史記には始皇帝に正妻がいたという記述がなく、女子の名も残っていません。現存する書物だけを史実とするなら、向も麗も史実には存在しないことになります。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年8月8日


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