PR
 

【キングダム】後宮はなぜ第三勢力と呼ばれたのか?1000人超の宮女を抱えて動かない訳!

thumb 109460 1

スポンサーリンク

後宮はなぜ第三勢力と呼ばれたのか

結論から言うと、後宮は三大宮家という強大な後ろ盾を持ちながら、政治に無関心を貫いていたためです。取り込めば勢力図が変わるのに、誰の側にもつかない。だから第三勢力でした。

政と呂不韋が争う秦で、どちらにも属さない力がありました。この記事では、後宮という場所と、それをまとめていた人物を見ていきます。

この記事でわかること

  • 後宮という場所の実態
  • 三大宮家という後ろ盾の正体
  • 呂不韋ですら手を出せなかった理由(カイの読み)

後宮とはどういう場所か

後宮(こうきゅう)は咸陽にある男子禁制の城です。1000人を超える宮女と、無数の宦官から成ります。

王宮の後ろに隠された城で、咸陽の民ですら正確な場所を知る者は少ないとされます。いかなる要人も、足を踏み入れることを許されません。

閉ざされた場所でありながら、力は強大です。宮女のほとんどが名家の出身で、しかも氾家・介家・了家という三大宮家が後ろ盾となっています。この三家は、太后の下で後宮を仕切る三侍女の背後にいる実力者です。

まとめていたのは太后

後宮を束ねていたのは太后です。先代王・荘襄王の后であり、政の母にあたります。

政と呂不韋が派閥争いを繰り広げる中で、太后は後宮という第三の力を握っていました。

なぜ誰も手を出せなかったのか

後宮は、勢力と呼べるほどの力を持っています。取り込めば、対立の構図を一気に変えられる。それでも呂不韋ですら手を伸ばしませんでした。

理由は、政治の権力を与えると制御が難しくなると考えられていたためです。そして後宮を仕切る太后自身が、政治には無関心を貫いていました。

力はあるが、使う気がない。だから誰の側にもならず、まさに無関係な第三勢力として存在していたことになります。

僕はこう読む

この作品の権力争いは、たいてい「誰を味方につけるか」で進みます。昌平君を取るか、蔡沢を取るか。数を集めた側が勝つ、という単純な計算です。
後宮だけが、その計算の外にあります。数はあるのに、盤に乗らない。
呂不韋が手を出さなかったのは、恐れたからではないと思います。手に入れても動かせないと分かっていたからです。政治に無関心な集団に権力を渡せば、誰にも制御できない駒が盤上に増えるだけになる。
商人である呂不韋は、そこを正確に計算しています。取れるものと、取っても使えないものを分けている。
そして後宮を動かせる可能性がある人物が、ただ一人いました。太后の息子である政です。

スポンサーリンク

太后と政の複雑な関係

後宮を語るうえで避けられないのが、太后と政の関係です。

母でありながら、二人の間は複雑でした。そして太后は政を裏切る形で密通していたと描かれます。

母が握る第三勢力が、息子の敵側に傾く。政にとって後宮は、味方につけるべき力であると同時に、最も痛い場所でもありました。

僕はこう読む

後宮が「男子禁制」であることが、ここで効いてきます。
政は王です。国のどこへでも行けます。ただ一か所、母のいる場所にだけ入れません。
この作品は、政の孤独を繰り返し描いてきました。幼少期を人質として過ごし、宮中に後ろ盾がなく、刺客に狙われ続けた王です。
そこに「母がいる城には物理的に入れない」という設定を重ねている。孤独を制度として書いているわけです。
中華統一という目標が、ただの野心に見えない理由の一つがここにあると思います。入れない場所を持っている人間が、全部を一つにすると言っている。

まとめ|後宮をどう読むか

  • 後宮は咸陽にある男子禁制の城。1000人超の宮女と無数の宦官から成る
  • 氾家・介家・了家の三大宮家が後ろ盾となり、絶大な権力を持つ
  • まとめていたのは太后。先代王の后で、政の母にあたる
  • 力はあるが政治に無関心。だから呂不韋も手を出さなかった(カイの読み)

権力争いの物語で、争いに参加しない勢力を置いたところに、この作品の設計の細かさがあります。しかもそこは、主人公が入れない場所でした。

——あなたは呂不韋が後宮に手を出さなかった理由を、どう読みましたか。慎重さだと思いますか、それとも計算だと思いますか。よければコメントで、あなたの読み方を聞かせてください。

よくある質問

Q. キングダムの後宮とはどんな場所ですか
A. 咸陽にある男子禁制の城です。1000人を超える宮女と無数の宦官から成り、王宮の後ろに隠されているため正確な場所を知る者は少ないとされます。

Q. 三大宮家とは何ですか
A. 氾家・介家・了家の三氏です。太后の下で後宮を仕切る三侍女の後ろ盾となっている実力者で、秦国内で絶大な権力を持ちます。

Q. 後宮はなぜ第三勢力と呼ばれたのですか
A. 強大な力を持ちながら、太后が政治に無関心を貫いていたためです。政の陣営にも呂不韋の陣営にも属さなかったことから、そう呼ばれました。


この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年8月1日

この記事の続きに

後宮の第三勢力は、女性たちそれぞれの選択で動いていました

政の心を掴む伽とは?地味な宮女・向が政の心を掴んだ意外な理由とは!?貧しい商人の娘だった向が政にとって特別な存在になった理由がわかります
信への一目惚れ陽ちゃんは信に一目惚れ!?向(こう)を助ける驚きの魅力を徹底解説!向を救った陽ちゃんが信に向ける想いの行方が描かれます
河了貂の恩師介億の実力と意外な素顔!?河了貂の先生で昌平君の側近とは?後宮の権力闘争とは別の場所で河了貂を支えた介億の姿は何を意味するのでしょうか

秦の王宮の記事をまとめて読む(10本) →

スポンサーリンク

コメントを残す

いろんな読み方があって、そこが面白いところだと思っています。あなたが感じたこと、気になったこと、よかったらコメントで教えてください。