ぎあん攻めは何巻からなのか
結論から言うと、宜安(ぎあん)の戦いは単行本66巻・第714話「思いを力に」から始まり、69巻・第755話「運命の日」で終わります。
ひらがなで「ぎあん」と書かれることが多いのですが、漢字では「宜安」です。史実では「肥下の戦い」とも呼ばれます。
この記事でわかること
- 収録巻と話数、両軍の兵力
- 李牧が見抜いた桓騎の弱点
- 桓騎が戦死する話数
- 史実の宜安の戦いとの違い
- 史実で桓騎がどうなったとされているか
どこを狙った戦いなのか
中華統一を公言する秦国の嬴政(えいせい)が狙いを定めたのが、趙国の王都・邯鄲(かんたん)よりはるか北にある宜安でした。
鄴を落とされた趙国にとって、次に守るべき拠点が平陽・武城・宜安だったわけです。秦国と趙国のあいだで最大規模の決戦になります。
両軍の陣容
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 収録 | 66巻714話「思いを力に」〜69巻755話「運命の日」 |
| 秦軍 | 桓騎が率いる14万。飛信隊の信も加わっている |
| 趙軍 | 李牧が率いる31万 |
| 趙側の事情 | 主要部を制圧され、一度失脚していた李牧を大将軍に再任した |
兵力差はおよそ倍以上です。この数字が、そのまま戦いの結末に効いてきます。
ここに至るまで
秦は難攻不落と言われた鄴を含む周辺9城を落としました。鄴攻めの陣容は総大将が王翦(おうせん)、副将が桓騎、末将が楊端和(ようたんわ)です。
その勢いのまま、秦は平陽の侵略にも成功します。このとき桓騎は趙兵の首を斬首するという残虐さを見せました。
そして宜安へ。桓騎の軍は東進し、まず赤麗を奪取します。
ところがその先の宜司平野で、李牧率いる31万に包囲攻撃を受けることになりました。
李牧が見抜いた桓騎の弱点
桓騎は「戦の天才」と呼ばれ、無敗を誇ってきた男です。その桓騎に対し、李牧はひとつの弱点を見つけていました。
桓騎は「誘い出して叩く」戦い方であり、守りに弱い。
だから李牧は桓騎の誘いに一切乗りませんでした。
史実側の構図で言えば、籠城する李牧に対し、桓騎は肥下城を襲って民衆や兵を斬殺し、李牧を引きずり出そうとします。
しかし李牧は動かず——逆に、手薄になった宜安を強襲しました。
完全に虚を突かれた桓騎は宜安へ戻り、無謀な戦いに突入します。そして大敗しました。
僕はこう読む
李牧がやったのは、桓騎の戦い方をそのまま桓騎に返すことでした。
桓騎はずっと「相手が守りたいもの」を人質に取って動かす男です。首を積み、民を斬り、相手の理屈を壊してきました。
——ところが李牧は民を見捨てました。肥下を襲われても動かなかった。
つまり桓騎の手口が通用しない相手が、初めて出てきたということです。
そして李牧が突いた宜安は、桓騎が「守りたかったもの」でした。
無敗の男が負けたのは、兵力差でも策の質でもなく、守るべきものを持ってしまったからだと思っています。
桓騎が戦死する話数
桓騎の最期が描かれるのは69巻752話「聖地へ」から753話「最後尾」にかけてです。
李牧軍に追い詰められた桓騎は、無数の槍に体を貫かれながら、なお李牧の本陣へ向かって突き進みました。
この死によって、新六大将軍の第五将の席が空くことになります。
史実の宜安の戦い
宜安の戦いは実際の史実に存在します。秦と趙の戦いの中でも、あの桓騎が大敗し、李牧が趙の領土を奪還した戦いとして有名です。
ここまでは作中と一致しています。違うのは、その後の桓騎です。
史実では桓騎の消息は不明
『キングダム』では桓騎は戦死します。ところが史実では、李牧に大敗したあとの桓騎の足取りが分かっていません。
- 戦死したという説
- 怒った始皇帝の指示で庶民に落とされたという説
- 燕へ亡命し「樊於期(はんおき)」と名を変えたという説。荊軻の始皇帝暗殺計画に協力したとされる
いずれも真相は不明です。
僕はこう読む
史実に「消息不明」という空白があることは、この作品にとって好都合だったはずです。
生きていたと描くことも、亡命させることもできました。樊於期説を採れば、桓騎は始皇帝暗殺計画に関わるという大きな展開も作れます。
——それでも作者は戦死を選びました。
桓騎という男は、意味や大義をずっと信じてこなかった人物です。その男に「暗殺計画に協力した」という物語を与えたら、意味を持ってしまう。
無数の槍に貫かれながら本陣へ進む——何も残さない終わり方のほうが、あの男には合っていたのだと思います。
この先の展開
宜安の戦いは、秦と趙の攻防における分岐点でした。李牧はここで桓騎に勝っただけでなく、奪われていた趙の領土も奪還しています。
そしてこの勝利が、その後の李牧の活躍へつながっていきます。
次に控えるのが番吾の戦いです。
まとめ
宜安(ぎあん)の戦いは、66巻・第714話「思いを力に」から69巻・第755話「運命の日」までです。
戦いの骨格を並べます。
- 史実では「肥下の戦い」とも呼ばれる
- 秦軍は桓騎の14万、趙軍は李牧の31万
- 趙は失脚していた李牧を大将軍に再任した
- 李牧は桓騎の弱点を「誘い出して叩く戦い方であり守りに弱い」と見抜いた
- 肥下を襲われても動かず、逆に手薄な宜安を強襲した
僕はこう読む
李牧がやったのは、桓騎の戦い方をそのまま桓騎に返すことでした。
桓騎はずっと「相手が守りたいもの」を人質に取って動かす男です。
ところが李牧は、守りたいものを差し出したまま動きませんでした。
史実に「消息不明」という空白があることも、この作品には好都合だったはずです。生きていたと描くことも、亡命させることもできた。それでも死なせたことを物語としての決着と読むか、使える余白をあえて捨てた選択と読むかで、桓騎という男の終わり方の意味が変わってきます。
——あなたは桓騎を死なせた選択を、物語としての決着だと思いますか。それとも、史実の空白という使える余白をあえて捨てた選択だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
宜安の戦いは66巻から69巻にまたがり、史実では別名でも呼ばれます。714話から順に確認しておきます。
Q. 宜安の戦いは何巻の何話からですか
A. 66巻714話「思いを力に」から始まり、69巻755話「運命の日」で終わります。
Q. 「ぎあん」はどう書きますか
A. 「宜安」です。史実では「肥下の戦い」とも呼ばれます。
Q. 両軍の兵力はどれくらいですか
A. 秦軍は桓騎の14万、趙軍は李牧の31万です。趙が倍以上でした。
Q. 李牧が見抜いた桓騎の弱点は何ですか
A. 誘い出して叩く戦い方であり、守りに弱いという点です。だから誘いに乗らず、手薄になった宜安を強襲しました。
Q. 桓騎が戦死するのは何話ですか
A. 69巻752話「聖地へ」から753話「最後尾」にかけてです。
Q. 史実でも桓騎は死んだのですか
A. 分かっていません。大敗したのは事実ですが、その後の消息は不明で、戦死説・庶民に落とされた説・燕へ亡命し樊於期と名を変えた説があります。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月5日
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