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徐という国は実在したのか
結論から言うと、徐国は実在しました。ただし紀元前512年に呉に滅ぼされていて、信が生きる紀元前3世紀には、もう国としては残っていません。
キングダムの徐は、24巻257話で信が救った城一つの小国として描かれています。作中の話は秀の記事に任せ、この記事では史実の徐国に絞って、いつどこにあった国なのか、作中の徐とどこが重なりどこが違うのかを見ていきます。
この記事でわかること
- 史実の徐国がいつからいつまであった国か
- 史実の場所と、作中の徐の位置の違い
- 秦と同じ嬴姓だったこと
- 作者が徐の名を使った理由(カイの読み)
史実の徐国と作中の徐を比べる
同じ「徐」でも、史実と作中では時代も場所も違います。並べて見ます。
| 項目 | 史実の徐国 | 作中の徐 |
|---|---|---|
| 実在したか | 実在した。紀元前512年に呉が滅ぼす | 信の時代に城一つで生き残っている |
| 場所 | 淮水の下流。いまの山東省南部から江蘇省北部にかけて | 趙・魏・楚の国境 |
| 姓 | 嬴姓(秦と同じ) | 作中では語られない |
| 滅ぼした国 | 呉(攻めたのは孫武と伍子胥とされる) | 韓の馬関軍に攻められるが、飛信隊が救う |
| 生き方 | 東夷の有力国。のち楚に攻められて弱る | 三国に情報を流して庇護を受ける |
僕はこう読む
史実では約300年前に消えた国が、作中では城一つで生き残っている。
この食い違いは、作者のうっかりではないと思っています。
大国に呑まれた名前を、しぶとく生き延びた国として描き直した。
滅んだはずの徐が情報で命をつないでいる姿は、史実への小さな仕返しのようにも見えます。
史実の徐国はどんな国だったか
徐は、中国東部の淮水の下流に勢力を持った国です。最初の都はいまの山東省南部にあり、のちに安徽省泗県や江蘇省泗洪県のあたりへ移ったとされます。周の時代には、東夷と呼ばれた東方の国々の中で有力な存在でした。
春秋時代に入ると、南の楚にたびたび攻められて力を落とします。そして紀元前512年の冬、呉王が孫武と伍子胥を送って徐を攻め、徐は滅びました。信や嬴政が活躍するのは紀元前240年前後ですから、作中の時代より約300年前の出来事です。
伝説では、徐の王に徐偃王という仁義を重んじた王がいたと伝わります。力ではなく徳で周りの国を従えた王として語られる人物で、武力に頼らない国という作中の徐の描き方と、どこか重なります。
秦と同じ嬴姓だった
徐国の王家は、秦と同じ嬴姓です。司馬遷の『史記』秦本紀には、秦の祖とされる伯益の子孫が各地に分かれ、徐氏もその一つだったと書かれています。つまり史実の徐と秦は、遠い親戚にあたる国でした。
作中で、秦の飛信隊が徐を救う場面に、この血のつながりは一言も出てきません。ただ、嬴政の嬴と徐の王家の姓が同じだと知ってから読むと、あの寄り道の見え方が少し変わります。
僕はこう読む
作者がこの縁を知らずに徐の名を選んだとは考えにくいと思っています。
中華を一つにする話の途中で、同じ根から分かれた小国を秦の若者が救う。
統一とは大国を呑み込むことだけではなく、散らばった親戚を守ることでもある。
2話だけの寄り道に、そういう含みを置いたのだと読んでいます。
作中の徐は「架空の生き残り」
以上をまとめると、キングダムの徐は、史実の徐国そのものではありません。実在した国の名を借り、趙・魏・楚の国境へ置き直した、作中の生き残りの国です。
史実の徐は淮水の下流にあり、趙や魏とは国境を接していません。情報を流して三国から庇護を受けるという生き方も、史料には出てこない作中の設定です。だからこそ、作中の徐がこの先どう動くかは、史実からは読めません。
まとめ|史実の徐国と作中の徐
徐国は春秋時代に実在した国で、紀元前512年に呉に滅ぼされています。キングダムの徐は、その名を借りた作中の小国です。
- 史実の徐は淮水の下流にあった東夷の有力国
- 紀元前512年、呉の孫武と伍子胥に攻められて滅亡
- 信の時代より約300年前に、国としては消えている
- 王家は秦と同じ嬴姓。『史記』秦本紀に徐氏の名がある
- 作中の徐は、趙・魏・楚の国境に置き直された生き残りの国
僕はこう読む
記録を追う作品の中で、記録に無い生き方をしている国は珍しい存在です。
結末が決まっている戦の中で、徐だけは作者が自由に動かせる駒になっています。
だから徐の恩返しは、どこで来てもおかしくないと読んでいます。
作中の徐を、滅んだ国の名を借りただけの舞台と見るか、秦と同じ根を持つ国だと意識して置かれた国と見るかで、24巻の寄り道の意味は変わります。
——あなたは作中の徐を、名前を借りただけの舞台だと思いますか。それとも、秦と同じ嬴姓だと知ったうえで選ばれた国だと思いますか。よければコメントで教えてください。
よくある質問
徐が実在したのか、どこにあったのかは、秀の暮らす作中の徐と史実の徐で答えが変わります。分けて置いておきます。
Q. 徐国は本当にあった国ですか。
A. あります。春秋時代の国で、紀元前512年に呉に滅ぼされました。
Q. 史実の徐国はどこにありましたか。
A. 淮水の下流です。いまの山東省南部から江蘇省北部、安徽省北部にかけての地域で、都は移り変わりました。
Q. 作中の徐は史実どおりですか。
A. 違います。史実の徐は信の時代より約300年前に滅んでいて、趙・魏・楚の国境という位置や、情報を流す生業は作中の設定です。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年10月1日


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