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【ゴールデンカムイ】白襷隊とは何なのか?杉元が生還した旅順の決死隊で、3113人中1386人が死傷!

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白襷隊とは、何なのでしょうか

結論から言うと、日露戦争の旅順攻囲戦で編成された実在の決死隊です。1904年11月26日の夜、総員3113人で夜襲をかけ、1386人が死傷しました。

そして杉元佐一は、この隊にいて生き残った人物です。「不死身の杉元」という呼び名は、ここから始まっています。

この記事でわかること

  • 白襷隊は実在の部隊だということ
  • 編成した人と、突入した日
  • 白い襷を掛けた理由と、それが招いた結果
  • 3113人中1386人という損害の内訳
  • 杉元がこの隊のどこにいたか
  • 続く二〇三高地でも生き延びたこと
  • 恩給を失った経緯と、北海道へ渡った理由

実在します。1904年11月26日の夜襲でした

まず押さえておきたいのは、白襷隊が作者の創作ではないということです。

日露戦争の旅順攻囲戦で、実際に編成された部隊です。

編成が決まったのは1904年(明治37年)11月23日。第3回総攻撃の命令が下されたときでした。

言い出したのは中村覚少将です。第3軍司令官の乃木希典大将がこれを承認し、中村少将自身が総指揮官となりました。正式には「特別予備隊」と呼ばれます。

作戦はこうです。水師営から松樹山の北西麓へ進み、敵の堡塁のすぐ手前にある第一線散兵濠へ突入する。

正面から要塞を削り取るやり方では犠牲が増えるばかりでした。夜のうちに一気に懐へ入り込むという、まったく別の手を打ったことになります。

白い襷は、味方を見分けるためでした

ではなぜ、白い襷だったのか。

夜襲のとき、味方を識別するためです。将校も兵も、全員が白襷を掛けました。

理屈としては正しい判断です。暗闇のなかで同士討ちをしないための目印でした。

ところが、ここで作戦は裏返ります。

11月26日の夜、隊は敵陣へ突入しました。そこで地雷が爆発します。

そして探照灯が照らされました。白襷が光を反射します。

味方を見分けるための目印が、そのまま敵にとっての的になりました。

僕はこう読む

この一点だけで、『ゴールデンカムイ』が杉元をどういう人物として置いたのかが分かると思っています。
白襷は「仲間を撃たないため」の装備でした。善意です。合理的でもあります。それが、そのまま自分たちを撃たせる装備になった。
杉元がのちに繰り返す「殺されるくらいなら躊躇ちゅうちょせず殺す」という考え方は、ここから逆算すると読み方が変わります。正しい判断をしても死ぬ場所を、この人は通ってきている。
だから彼は、正しさではなく生き残ることだけを基準に動くようになった。「不死身の杉元」は称号ではなく、あの夜の後遺症だと読んでいます。

3113人のうち、1386人が死傷しました

損害の数字を並べます。ここが白襷隊のすべてです。

総員は3113名でした。

白襷隊の損害

  • 戦死 72名
  • 戦傷 806名
  • 行方不明 508名
  • 合計 1386名総員の45パーセント

退却命令が出たのは、27日の午前2時30分です。夜襲を始めてから、ひと晩ももたなかったことになります。

行方不明が508名という数え方にも注意が要ります。戦死者として確認できなかった人が、この中に含まれているということです。

のちに軍事研究家の桑原嶽は、第一次世界大戦でルーデンドルフが用いた要塞攻略の戦術を「白襷隊の戦術を拡大したものである」と評しています。戦術としては先を行っていた。ただし代償が大きすぎたということになります。

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杉元は、この夜襲を生き延びました

ここから作中の話に入ります。

杉元佐一の肩書きは「元大日本帝国陸軍一等卒、元第一師団特別支援隊隊員(白襷隊)」です。

旅順攻囲戦では、白襷隊として夜間奇襲に参加しました。そして生き残っています。

もともとは関東の農村の出身で、軍の所属は第一師団でした。物語が始まる時点ではすでに除隊していますが、服装や装備品は軍にいた頃のままです。

戦場での噂は、こう伝わっていました。瀕死の重傷を負っても翌日には走り回っていた。銃剣でも機関銃でも砲弾でも杉元を殺せない。

医師が見放すほどの重篤な負傷でも、翌日には治癒して戦場を駆ける。この驚異的な回復力と、鬼神のような戦闘力、そして生への執念から「不死身の杉元」と呼ばれるようになりました。

その武勲は日露戦争の英雄と言えるもので、第七師団でも「あの不死身の杉元」と名を知られているほどです。他の師団にまで名前が届いていたことになります。

鶴見も、旅順で杉元を見かけたときのことを「鬼神のごとき壮烈な戦いぶりに目を奪われた」と語っています。

続く二〇三高地でも生還しています

白襷隊の夜襲は、旅順の戦いの終わりではありませんでした。

杉元は続く二〇三高地でも奮戦し、死地から生還しています。

戦い方には特徴があります。射撃の腕はあまり良くないと本人も認めていて、代わりに銃剣による接近戦でずば抜けたセンスを発揮します。

肉体的な強さだけではありません。切迫した状況でも周りを把握して機転を利かせる頭の速さと、どんな攻撃を受けても怯まない精神力を併せ持っています。アシリパにも「勇気と戦いの才能がある優秀な戦士だ」と評されました。

その強さの源は、はっきりしています。殺されないことです。

自分から死神にぎりぎりまで近づくことで、生き延びる活路を見出す。これが杉元の戦い方でした。

のちに網走監獄では頭を狙撃されますが、一命を取り留め、術後には元気におにぎりを食べています。

恩給を失ったのは、上官のせいでした

これだけの戦功をあげながら、杉元は軍からほとんど何も受け取っていません。

理由は1つです。気に入らない上官に瀕死の重症を負わせたため、軍人恩給の資格を剥奪されました。

本人は「それがなければ金鵄勲章をもらって、今頃はぬくぬくと年金暮らしだった」と語っています。

何があったのかは作中で語られていません。語られないまま置かれているのが、この人物の描かれ方です。

寅次の遺言と、梅子の目

では、なぜ北海道へ渡ったのか。

杉元は自分以外の家族全員を結核で亡くしています。感染を恐れて村で避けられていた実家を自らの手で放火し、そのまま村を出て天涯孤独になりました。

そのとき、想いを寄せ合っていた幼なじみの梅子から「一緒に連れて行って」と頼まれます。杉元は自分もすでに感染しているかもしれないという理由で、別れを告げました。

梅子はのちに、幼なじみの寅次と結婚します。

そして寅次は奉天会戦で戦死しました。

最期に寅次が託したのは、目を患った梅子を腕のいい医者に診せてやりたいという願いでした。必要な費用はざっと二百円

親友の遺言を果たすために、杉元は一攫千金の砂金を採りに北海道へ渡ります。

その山で出会った男からアイヌの金塊と、暗号である刺青囚人の話を聞きました。そしてその男の刺青入りの体をめぐって熊と戦っていたとき、手を貸したのがアシリパです。これが2人の出会いでした。

僕はこう読む

白襷隊から数えていくと、杉元がどれだけ「返せなかった側」の人間かが見えてきます。
3113人のうち1386人が死傷した夜を、彼は生き延びました。家族は結核で全滅し、自分だけが残った。梅子は諦め、寅次は先に死んだ。そのたびに、生き残ったのは杉元です。
この人が「顔が見えるほど近くで殺した奴は顔も忘れない」と言い、「せめて忘れないでいてやるのが俺の償い」と続けるのは、当然だと思っています。忘れないことしか、残った側にできることがない。
不死身という言葉は、褒め言葉の形をしています。ですが中身は「一人だけ残ってしまった」という意味でもある。そう読むと、あの明るい食レポの顔がずいぶん違って見えます。

まとめ|白襷隊をどう読むか

白襷隊は、1904年11月26日の旅順で実際に編成された決死隊です。3113人のうち1386人が死傷し、杉元佐一はその夜を生き延びました。

白襷隊の事実

  • 1904年11月23日、旅順攻囲戦の第3回総攻撃で編成(正式には特別予備隊)
  • 発案と総指揮は中村覚少将、承認したのは乃木希典大将
  • 目標は水師営から松樹山北西麓、第一線散兵濠への突入
  • 白襷は夜襲で味方を識別するため。それが探照灯に反射して的になった
  • 損害は戦死72・戦傷806・行方不明508の計1386名(45パーセント)
  • 27日午前2時30分に退却命令

杉元佐一と白襷隊

  • 肩書きは元陸軍一等卒、元第一師団特別支援隊隊員(白襷隊)
  • 旅順の夜襲を生き延び、続く二〇三高地からも生還
  • 上官に瀕死の重症を負わせ、軍人恩給の資格を剥奪された
  • 寅次は奉天会戦で戦死。梅子の目の治療費 二百円のため北海道へ渡った

僕はこう読む

『ゴールデンカムイ』が白襷隊を選んだ理由は、あの部隊が「命令に忠実であるほど死ぬ」構造だったからだと思っています。
白襷を外せば助かったかもしれません。ですが外せば、味方に撃たれます。掛けても撃たれ、外しても撃たれる。正解が無い。
この作品に出てくる人物は、ほとんど全員が同じ形の袋小路に立たされます。鶴見も、尾形も、土方も、アシリパも。正しい側に立ったからといって、誰も助からない。
その最初の見本として、主人公の過去に白襷隊が置かれている。杉元が金塊を追うのは、正しさではなく約束のためです。約束だけは、正解が無くても果たせる。そこがこの作品の芯だと読んでいます。

そのうえで、まだ残る問いがあります。杉元が白襷隊のどの位置にいて、どうやって生き延びたのかは、作中で細かく描かれていません。3113人のうち1386人が倒れた夜に、この人だけが立っていた理由。強さなのか、運なのか。ここは読者に委ねられています。

——あなたは杉元が白襷隊を生き延びたのは、鬼神のような戦闘力のおかげだと思いますか、それとも本人が言う「殺されないこと」への執念のおかげだと思いますか。よければコメントで、あなたの読み方を聞かせてください。

よくある質問

白襷隊史実と作中の描写が混ざって語られやすいところです。切り分けて拾っておきます。

Q. 白襷隊とは何ですか
A. 日露戦争の旅順攻囲戦で編成された決死隊です。正式には特別予備隊といいます。1904年11月23日に編成が決まり、26日の夜に敵陣へ突入しました。

Q. 白襷隊は実在したのですか
A. 実在します。中村覚少将が発案し、第3軍司令官の乃木希典大将が承認しました。中村少将自身が総指揮官を務めています。

Q. なぜ白い襷を掛けたのですか
A. 夜襲のときに味方を識別するためです。将校も兵も全員が白襷を掛けました。ところが突入後に探照灯で照らされ、白襷が反射したことで大きな損害を招いています。

Q. 白襷隊の損害はどれくらいですか
A. 総員3113名のうち、戦死72名、戦傷806名、行方不明508名の計1386名です。総員の45パーセントにあたります。27日午前2時30分に退却命令が出されました。

Q. 杉元は白襷隊にいたのですか
A. いました。肩書きは元第一師団特別支援隊隊員(白襷隊)で、旅順攻囲戦の夜間奇襲に参加して生き延びています。続く二〇三高地でも奮戦し、死地から生還しました。

Q. 杉元はなぜ恩給をもらえなかったのですか
A. 気に入らない上官に瀕死の重症を負わせたためです。本人は、それがなければ金鵄勲章をもらって年金暮らしだったと語っています。

Q. 杉元が北海道へ渡った理由は何ですか
A. 奉天会戦で戦死した親友・寅次の遺言のためです。目を患った寅次の妻・梅子を腕のいい医者に診せる費用として、ざっと二百円が必要でした。その金を得るために砂金を採りに向かっています。

Q. ゴールデンカムイは完結していますか
A. 完結しています。2014年8月21日から2022年4月28日まで連載され、単行本は全31巻です。杉元佐一の声は小林親弘さん、実写映画では山﨑賢人さんが演じています。

この記事の続きに

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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月9日

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