本ページはプロモーションが含まれています
壁(へき)は死亡したのか?
結論から言うと、壁は死亡していません。宜安の戦いで趙の捕虜になりましたが、番吾でキタリに救われて生還し、いまも将軍として戦っています。
壁は、嬴政に仕える昌文君の配下として物語の序盤から登場する秦の将です。信から「壁のあんちゃん」と慕われる兄貴分で、名家の出ながら生真面目で気取らない人柄の持ち主です。史記には「将軍壁死」という一文があり、「いつ死ぬのか」と心配されてきた人物でもあります。この記事では、壁が死にかけた場面と生還の経緯、史記の四文字、昌文君と交わした誓い、ロゾ討ちなどの戦歴、そして将軍としての現在までを順に見ていきます。
この記事でわかること
- 壁は死亡したのか、捕虜からどう生還したのか
- 史記の「将軍壁死」と、作者が壁を生かした経緯
- 昌文君と交わした「大将軍を目指す」誓い
- 山陽・屯留・橑陽での戦いと、ロゾ討ち
- キタリとの関係と、いまの壁
- 壁が「無能」と言われても読者に愛される理由(カイの読み)
壁は捕虜から生還した|宜安で毒、番吾で脱出
壁がいちばん死に近づいたのは、桓騎が討たれた宜安の戦いです。
敗走した壁は赤麗城にたどり着き、敗残兵をまとめて立て直そうとします。ところが赤麗の住民が井戸の水に毒を盛っていて、それを飲んだ壁の軍はほぼ全滅しました。壁たち数人は少ししか飲まなかったため命をつなぎましたが、そのまま趙の捕虜になります。
連れて行かれた先の番吾で、壁はほかの捕虜とともに一年近い強制労働に耐えました。始皇十五年、秦軍が番吾に攻めてきたと知り、脱出の機会をうかがいます。秦軍の敗戦が決定的になると、このままでは半年も生きられないと覚悟して、捕虜たちと脱獄を決行しました。すぐに趙兵に取り囲まれますが、番吾城に入り込んでいた山の民のキタリたちに救われ、壁を含む数十名が生還します。脱出が描かれるのは796話から797話です。
| 項目 | 壁 |
|---|---|
| 生死 | 生存。捕虜から生還し、全面戦争では自軍を率いて青歌軍と対峙 |
| 捕虜になった戦い | 宜安の戦い。赤麗城で毒の水を飲み、趙に捕らわれる |
| 生還 | 番吾で脱獄し、キタリたちに救われる(796〜797話) |
| 位の移り変わり | 千人将 → 三千人将 → 将軍 |
| アニメの声 | 遊佐浩二さん |
| 実写 | 満島真之介さん |
僕はこう読む
壁が助かったのは、毒の水を「少ししか飲まなかった」からでした。
英雄的な理由ではありません。運と、ほんの少しの慎重さです。
壁は、強さではなく生き延び方で物語に残ってきた人だと思っています。
一年の強制労働に耐えて、それでも脱獄の日を待てた。その粘りが、この人のいちばんの武器です。
史記の「将軍壁死」|壁は屯留で死ぬはずだったのか
壁には、史実の元になった一文があります。『史記』秦始皇本紀の、紀元前239年の成蟜の乱を記した箇所です。
そこには「将軍壁死」とあります。「将軍の壁が死んだ」とも、「将軍(成蟜)が壁塁の中で死んだ」とも読めて、解釈が割れている四文字です。「将軍の壁」という人物は、史記のこの一箇所にしか出てきません。
キングダムは「将軍の壁が死んだ」と読む説に沿って壁を登場させ、当初は成蟜の反乱のときに戦死させる予定だったと、作者の原泰久さんがコミックス35巻のあとがきで明かしています。ところが別の読み方を知り、壁は生き残ることになりました。作中の壁は、屯留の反乱を鎮める総大将として出陣し、反乱軍を率いた龍羽を討ち取っています。
昌文君と交わした誓い|文官の極みと武官の極み
壁が大将軍を目指すと決めたのは、王都奪還編のあとです。
王宮の秘密通路の先で待ち構えていた左慈に一太刀を浴びせたものの、壁は重傷を負わされます。生きて戻った壁は、自分の力不足を思い知りました。上官の昌文君が文官の極み・丞相を目指すと決めたのを受けて、壁は武官の極み・大将軍を目指すことを誓います。名家の出でありながら、家の力ではなく自分の働きで上がっていく道を選んだということです。
嬴政が山の民に助けを求めに行ったときには、信の監視役として行動をともにし、楊端和に一目ぼれしています。漂の死にいちばん心を痛めた人物でもあり、信に漂との別れのときの振る舞いを語って聞かせたのも壁でした。
僕はこう読む
昌文君が丞相を、壁が大将軍を目指すという誓いは、主従そろって「いちばん上」を口にした場面です。
壁には、信のような武も、王賁のような家の後ろ盾も足りません。
それでも誓いを取り下げないまま、捕虜から戻ってきても将軍の座にいる。
壁の出世は遅いぶん、誓いの重さがずっと効いていると読んでいます。
壁の主な戦い|山陽の囮、橑陽の兵糧とロゾ討ち
壁の戦歴には、失敗と手柄がはっきり並んでいます。
| 戦い | 壁がしたこと |
|---|---|
| 王都奪還 | 左慈に一太刀を浴びせるが重傷。大将軍を目指すと誓う |
| 山陽の戦い | 王翦軍に入り、廉頗四天王の姜燕を相手に地形を使って踏みとどまる。王翦には囮として使われた |
| 合従軍編 | 三千人将。蕞の防衛戦で麃公軍の残兵を率いる |
| 屯留の反乱 | 将軍に上がり、鎮圧軍の総大将として龍羽を討つ |
| 橑陽の戦い(鄴攻め) | 2日目に預かった兵糧の半分を焼かれる。9日目、犬戎王ロゾを討つ(53巻573話) |
| 宜安・番吾 | 捕虜になり、番吾で脱出して生還 |
橑陽では、舜水樹が地下道から兵糧庫を襲い、壁が守っていた兵糧の半分が焼かれました。鄴を兵糧攻めにしていた秦軍にとって、取り返しのつかない失態です。それでも9日目、フィゴ王ダントと打ち合う犬戎王ロゾの背後から迫り、一度は殴り倒されて意識が飛びかけながら、ロゾを討ち取りました。ロゾを討ったことで、橑陽の戦況は秦へ傾いています。
僕はこう読む
兵糧を焼かれた将が、同じ戦場で敵の王を討つ。
失態と手柄がこれほど近くに置かれた人物は、キングダムでも珍しいと思っています。
壁の「無能」と「英雄」は、同じ生真面目さの表と裏です。
任されたことを愚直に守るから裏をかかれ、倒されても立ち上がるから最後に首を取れる。
キタリとの関係と、いまの壁
壁とキタリは、山の民と秦の将として何度も戦場をともにしてきました。キタリは兄のカタリを失ったあとメラ族の族長を継いだ女戦士で、口が悪く、壁にも遠慮なく噛みつきます。それでも番吾では、捕虜になった壁たちを救い出したのがキタリでした。二人の間柄は作中で言葉にはされておらず、読者のあいだで「この先どうなるのか」と気にかけられている関係です。
捕虜から戻った壁は回復して軍に復帰し、始皇十八年に始まった秦と趙の全面戦争では、自軍を率いて青歌軍と向き合っています。史記に「死」と書かれた人が、物語の終盤まで生き続けているということです。
実写では、満島真之介さんが第1作から壁を演じています。
まとめ|壁は死なず、捕虜からも戻って将軍を続けている
壁は死亡していません。宜安で捕虜になりましたが、番吾でキタリに救われて生還し、いまも将軍として戦っています。
押さえておきたい点を並べます。
- 宜安の赤麗城で毒の水を飲み、趙の捕虜になった
- 番吾で一年近い強制労働に耐え、796〜797話で脱出して生還
- 史記の「将軍壁死」から生まれた人物。当初は屯留で戦死の予定(35巻あとがき)
- 橑陽で兵糧を焼かれたが、犬戎王ロゾを討った(53巻573話)
- 全面戦争では自軍を率いて青歌軍と対峙している
僕はこう読む
壁は、才能のある人たちの物語の中に置かれた「普通の人」です。
その普通の人が、史記の四文字も、毒も、牢も越えて生きている。
壁が大将軍になれるかどうかは、この作品が「努力は報われる」と言うかどうかの答えになると僕は見ています。
壁を「失敗の多い凡将」と見るか、「何度倒れても戻ってくる将」と見るかで、全面戦争での壁の戦いの見え方はずいぶん変わってきます。
——あなたは壁を、失敗の多い凡将だと思いますか。それとも、何度倒れても戻ってくる将だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
「壁は死んだのか」「捕虜になったのは何話か」を確かめに来る人が多いので、宜安と番吾の場面から短く答えます。
Q. 壁は死亡しましたか?
A. していません。宜安で捕虜になりましたが、番吾でキタリたちに救われて生還し、いまも将軍です。
Q. 壁はなぜ捕虜になったのですか?
A. 宜安の戦いで敗走したあと、赤麗城で住民に毒を盛られた井戸の水を飲み、軍がほぼ全滅したためです。
Q. 壁が救出されるのは何話ですか?
A. 番吾城から脱出する場面が796話から797話で描かれています。救い出したのはメラ族のキタリたちです。
Q. 壁は史実に実在しますか?
A. 史記の成蟜の乱の記録に「将軍壁死」とあるだけです。「将軍の壁が死んだ」とも「将軍が壁塁の中で死んだ」とも読めます。
Q. 壁がロゾを討つのは何話ですか?
A. 53巻573話です。橑陽の戦い9日目、ダントと打ち合うロゾの背後から迫って討ち取りました。
Q. 壁の声優と実写の俳優は誰ですか?
A. アニメの声は遊佐浩二さん、実写映画では満島真之介さんが演じています。
大将軍との違い、七段階の階級、蒙驁の昇り方も読めます。
目指す位の話将軍と大将軍は何が違うのか?王の命令なしで戦を起こせる権利。六大将軍の特権です!大将軍は王の命なしで戦を起こせます。
位の並び全体階級一覧はどうなっているのか?伍長から五千人将を経て大将軍、文官は相国が頂点です!武官の階級は伍長から七段階です。
軍才で劣る将蒙驁(もうごう)とは何者か?斉から来た白老は、人を見る目ひとつで秦の大将軍に!軍才で劣る蒙驁は、人を見る目で大将軍まで昇りました。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月26日


コメントを残す