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嬴政の子供は誰で、信といつ初対面したのか
結論から言うと、作中で姿が描かれる嬴政の子供は、向との間に生まれた娘の麗です。信が初めて麗に会うのは40巻、毐国の反乱で後宮を襲った樊琉期から、麗と向を救い出す場面でした。
嬴政の加冠の儀の日、旧都の雍で儀式が進むあいだに、毐国軍が咸陽へ攻め込みます。信に課せられたのは、その混乱の中で嬴政の子を守ることでした。この記事では、麗が生まれるまでの流れと、信が駆けつけた理由、そして初対面の場面を順に見ていきます。
この記事でわかること
- 嬴政の子・麗が生まれるまでの流れと巻数
- 信に課せられた「絶対任務」の中身
- 樊琉期の襲撃と、陽・向が麗を守った場面
- 信と麗の初対面と、史実の扶蘇・胡亥
麗が生まれるまでを巻数で見る
麗の母は、後宮の宮女の向です。田舎の貧しい商人の家に生まれ、後宮で王の夜伽を務める一人として嬴政のもとに呼ばれました。
| 巻 | 出来事 |
|---|---|
| 7巻74話 | 向が初登場。夜伽に呼ばれるが、嬴政は手を出さず隣で書を読む |
| 24巻 | 向が嬴政の子を身ごもる。昌文君ら家臣が涙を流して喜ぶ |
| 34巻 | つかまり立ちをする1歳の麗が描かれる |
| 40巻 | 毐国の反乱で後宮が襲われ、信が麗を救い出して初対面 |
嬴政は最初、何度も向を夜伽に呼びながら手を出しませんでした。隣にいるとなぜか心地よく書が読める、と打ち明けられたのはしばらくあとです。その夜伽の場で、嬴政は幼い自分を救った紫夏の話を向に聞かせています。
僕はこう読む
嬴政が紫夏の話をした相手が、后ではなく宮女の向だったところが大事だと思っています。
王としてではなく、一人の人間として話せる場所がそこにあった。
麗は、その王ではない時間から生まれた子です。
だから後宮が襲われる場面は、国の危機であると同時に、嬴政のいちばん私的な場所が狙われる場面にもなっています。
信に課せられた「絶対任務」とは
舞台は紀元前238年、嬴政の加冠の儀の日です。前の年、太后と嫪毐は北の太原一帯に毐国を立て、独立を宣言していました。太后の身分と後宮の財力、宦官の趙高の知恵、他国の後ろ盾で、毐国はみるみる国の形を整えていきます。咸陽は屯留の内乱から間もないうえ、毐国と通じた楚の侵攻にも追われ、手を打てないまま年を越しました。そして加冠の儀に合わせて、毐国軍が咸陽へ攻め込みます。
この反乱の裏にいたのが呂不韋でした。毐国軍に王族を根絶やしにさせ、自分が玉座に就く。嬴政の子は、真っ先に狙われる立場にありました。
儀式の10日ほど前、飛信隊には昌平君から暗号の指令が届いていました。加冠の日に反乱が起こり得る、という知らせです。飛信隊は魏との戦いの最中で、大将の隆国の許しを得ないまま、千人だけで咸陽へ向かいました。嬴政が手配していた蕞の兵1万も、反乱を鎮める軍として加わっています。
信にとって、これは屯留での失敗を取り返す戦いでもありました。成蟜の反乱のときは、あと一歩で成蟜を救えなかった。今度こそ王族を守り抜く、というのが信の任務でした。
後宮を襲った樊琉期と、陽の覚悟
後宮に攻め込んだのは、毐国軍の将・樊於期の息子、樊琉期の隊でした。女官を次々に手にかける残虐な将で、その血の跡がそのまま麗の居場所への道筋になっていました。
向と麗、そして向付きの宮女の陽は、宦官の微久の案内で隠し通路を目指します。そこにも敵が待っていて、微久が命をかけて時間を稼ぎ、3人は水路へ走りました。その途中で、ついに樊琉期の隊に見つかります。
このとき前に出たのが陽でした。自分が時間を稼ぐから逃げろと言い、迷う向に、后として、母親としての責任を果たせと叱りつけます。丸腰のまま両手を広げ、騎馬の前に立ちはだかりました。
僕はこう読む
陽が向に向けた言葉は、向を宮女ではなく后として扱った最初の言葉だと思っています。
後宮の序列では、向はまだ后と呼ばれる立場ではありません。
それでも陽は「后としての責任」と言った。
麗を守る場面で、向が母になり、陽がその背中を押す。信が来る前に、女たちの側の決着がもう一つついています。
信と麗の初対面
先頭の騎馬が陽を斬ろうとした瞬間、飛び込んできたのが信でした。周りの兵を一瞬で倒し、樊琉期の右腕を斬り落とします。ただし討ち取りはせず、呂不韋とのつながりを吐かせるために生け捕りにしました。
陽を助けた信は、気合いの入った宮女だと笑います。そのあと、向に抱かれていた麗に目を向けました。
怖かったかと聞く信に、麗は首を横に振ります。怖くなかったはずはありません。それでも首を振る麗を見て、信は顔だけでなく気の強さも嬴政に似ていると笑いました。そして麗を抱き上げ、自分は父親のいちばんの友だと名乗っています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原作 | 嬴政加冠編(37〜40巻)。初対面は40巻 |
| アニメ | 第4シリーズの終盤。22話「命がけの逃避」で樊琉期の隊が向と陽に迫る |
| 襲った将 | 樊琉期(毐国軍の将・樊於期の息子) |
| 救ったのは | 信(樊琉期の右腕を斬り落とし、生け捕りにする) |
| 同じ日に | 長子の扶蘇の無事も確かめられる |
麗を救い、長子の扶蘇の無事も確かめた信は、休む間もなく城外の戦いへ向かいました。
反乱の結末と、信のその後
城外では、城門を閉じるはずだった河了貂が、敵の厚い守りに苦戦していました。そこへ加冠の儀を終えた昌文君と昌平君が駆けつけます。昌平君は自ら武を振るい、河了貂と連動した包囲で毐国軍を崩しました。
退いた毐国軍は、昌平君が呼び寄せていた桓騎軍に捕まります。嫪毐は車裂きの刑、樊琉期らは斬首、関わった者の多くは流刑となり、毐国は滅びました。反乱の罪は呂不韋にも及び、嬴政が名実ともに秦王となります。
加冠編の論功行賞で、信は著雍の戦いの功により五千人将に上がりました。加冠のあと、嬴政は15年で中華を統一する計画と、六大将軍の復活を口にします。信に向けられたのは、その六将の一席をつかみ取れという言葉でした。
史実の嬴政の子供たち
麗は史実には記録がありません。母の向も同じで、始皇帝には后を立てた記録そのものが残っていません。子は二十人あまりいたと伝わりますが、名前が残っているのはわずかです。
よく知られているのが、長男の扶蘇と末子の胡亥です。扶蘇は仁愛のある人物で、後継ぎと目されていました。ところが始皇帝の死後、趙高と李斯が遺言を書き換え、扶蘇は自害に追い込まれます。二世皇帝となった胡亥のもとで反乱が相次ぎ、秦はわずか数年で滅びました。
キングダムでは扶蘇は名前が出るだけで、姿が描かれる嬴政の子は麗だけです。
僕はこう読む
史実に名前の残る扶蘇ではなく、記録の無い麗に顔を与えたのは、結末を決めずに描ける子だからだと思っています。
扶蘇の最期は史実で決まっています。
麗には決まった運命がありません。
信が抱き上げた子に先の分からない未来を持たせたことで、あの初対面は、統一のあとの世界への小さな約束にもなっていると読んでいます。
まとめ
作中で姿が描かれる嬴政の子供は、向との娘の麗です。信が初めて麗に会うのは40巻、毐国の反乱で後宮が襲われた場面でした。
押さえておきたい点を並べておきます。
- 向は7巻74話で初登場し、24巻で懐妊、34巻で1歳の麗が描かれる
- 反乱の黒幕は呂不韋で、狙いは王族の根絶
- 信は昌平君の指令を受け、千人で咸陽へ駆けつけた
- 陽が騎馬の前に立って時間を稼ぎ、信が樊琉期を生け捕りにした
- 史実の麗と向は記録が無く、名前が残る子は扶蘇と胡亥など数人
僕はこう読む
屯留で成蟜を救えなかった信が、加冠の日に麗を救う。
同じ「王族を守る」任務の、やり直しとして置かれた場面だと思っています。
救えなかった一人と、救えた一人を並べることで、信の成長を戦の勝ち負け以外のところで見せています。
麗は、史実に記録が無いぶん、この先の物語でどう扱われるかが決まっていない子です。信に抱き上げられた初対面が、その後の麗の出番につながるかどうかで、この場面の重さは変わってきます。
——あなたは、麗が成長して物語に関わってくると思いますか。それとも、統一のあとの世界を示すだけの存在だと思いますか。よければコメントで教えてください。
よくある質問
「嬴政の子供」は、作中に姿のある麗と、名前だけの扶蘇で答えが変わります。
Q. キングダムで嬴政の子供は誰ですか。
A. 姿が描かれるのは、向との間に生まれた娘の麗です。長子の扶蘇は名前が出るだけです。
Q. 信と麗が初めて会うのは何巻ですか。
A. 40巻です。毐国の反乱で後宮を襲った樊琉期から、信が麗と向を救い出します。
Q. アニメでは何話ですか。
A. 第4シリーズの終盤です。22話「命がけの逃避」で、樊琉期の隊が向と陽に迫ります。
Q. 麗は史実にいますか。
A. 記録はありません。母の向も記録が無く、始皇帝には后を立てた記録自体が残っていません。
信の任務は麗を守ることです。王都・咸陽、加冠の儀の決着、毐国へ。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年10月1日


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