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楊端和とは何者なのか
結論から言うと、楊端和(ようたんわ)は「山界の死王」と呼ばれる山の民の女王です。嬴政と盟を結んだ同盟者で、いまは秦の新六大将軍の第四将。死亡はしていません。
仮面の戦士たちを率いて、秦が危なくなるたびに山から降りてくる。キングダムを読んでいて、楊端和ほど来てくれたと思わせる人はいません。王都奪還から合従軍、鄴攻め、そして趙との戦いまで、楊端和が残してきた結果を整理し、855話の矢のあとどうなっているのか、実写で演じた長澤まさみさんのことまで答えます。
この記事でわかること
- 楊端和のプロフィールと、秦での立場
- 王都奪還・合従軍・鄴攻めで楊端和がしたこと
- 楊端和はなぜ強いのか、そして唯一の弱み
- 楊端和は死亡したのか(855話の矢といまの状態)
- 結婚の噂と、ダント・バジオウとの関係
- 史実の楊端和は男性だったのか
- 実写の長澤まさみ、アニメの声優、印象に残る言葉
楊端和のプロフィール
楊端和の初登場は単行本3巻20話です。弟の成蟜に王宮を奪われた嬴政が、山界まで援軍を頼みに来た場面でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | ようたんわ |
| 異名 | 山界の死王 |
| 立場 | 山の民の王。秦の臣下ではなく、嬴政の同盟者 |
| 秦での地位 | 新六大将軍の第四将(生存・現役) |
| 秦の爵位 | 大上造(合従軍編の論功行賞で授かる) |
| 初登場 | 3巻20話(王都奪還編) |
| 右腕 | バジオウ(バジ族の生き残り) |
| アニメの声優 | 園崎未恵 |
| 実写のキャスト | 長澤まさみ |
異形の仮面をかぶって玉座に座り、その仮面を外すと色白の美女が現れます。初登場のこの落差で、楊端和を覚えた読者は多いはずです。
僕はこう読む
山の民は、みんな仮面で顔を隠しています。
そのなかで、王の楊端和だけが素顔で戦場に立つ。
仮面が部族の印なら、どの部族の印も着けていない人だけが、全部族の上に立てるのだと思います。
素顔そのものが、どこにも属さない王の印になっている。
美しさは飾りではなく、立場の説明になっていると読んでいます。
楊端和が束ねる山の民
山の民は、秦の西に広がる山界に住む人々です。ひとつの国ではなく、言葉も習慣も違う部族の集まりで、仮面の形で所属が分かれています。
秦と山の民は、およそ四百年前の穆公の時代に盟を結んでいました。ところが穆公の死後に秦の側が盟を捨て、山の民は長く迫害される側に回ります。その山界を数百年ぶりに武力でまとめ上げたのが楊端和で、倒した部族を滅ぼさず、仲間として配下に加えるやり方で勢力を広げてきました。
楊端和の軍でよく名前が出るのは、戦で滅んだバジ族のただ一人の生き残りバジオウ、王都奪還でも蕞の救援でも前に出る鳥牙族のシュンメン、死闘の末に傘下に入った楊端和軍屈指の大族・フィゴ族の王ダント、角の付いた仮面で兄のカタリのあとを妹のキタリが継いだメラ族、崖を登る猿手族のエンポじぃ、そして橑陽で敵として戦ったあと加わった犬戎族です。メラ族ではカタリが強くて優しい太陽と慕われ、岩のような巨漢のタジフは覚えたての中華の挨拶を言い間違える愛嬌もあります。成蟜に飼われていたランカイも、反乱のあとは山の民の軍にいます。
楊端和は何をしてきたのか
楊端和が秦と組んだのは、王都奪還編です。はじめは過去の迫害を理由に嬴政の首をはねると言い放ちますが、中華を統一する最初の王になるという嬴政の志と、自分の世界を広げたいという思いが重なり、配下の前で嬴政とかつてない強固な盟を結ぶと宣言しました。この盟で山の民は咸陽へ降り、成蟜の反乱を鎮めています。
僕はこう読む
あの宣言は、嬴政にではなく自分の民に向けて言っているところが大事だと思っています。
四百年前に盟を捨てたのは秦の側でした。
その恨みを抱えた部族の前で、王がもう一度信じると言い切る。
かつてないという言い方は、昔の盟より強いという意味であると同時に、昔の裏切りを上書きするという意味に見えます。
楊端和の強さは、剣より先にこの決め方にあると読んでいます。
合従軍編、蕞に7日目で駆けつけた
結果から言うと、合従軍が蕞の城門を破った7日目に、北方遠征中で8日はかかると見られていた楊端和の軍が西の山から現れ(32巻345話)、李牧は退いて合従軍は敗れました。1日早く着いたことが、そのまま秦の命運を分けたことになります。遠征を切り上げて駆けた判断の速さが、同盟者としての信頼の重さを物語っていると思います。
戦のあとの論功行賞(33巻355話)で、楊端和は秦の爵位「大上造」と宝物30点を授かっています。
鄴攻めでは橑陽で犬戎と戦った
鄴攻めで楊端和は、王翦・桓騎と並ぶ一軍の大将として橑陽の犬戎王ロゾと舜水樹に当たりました。一度はバジオウに背負われてサハ渓谷を跳ぶほど追い詰められますが(52巻569話)、結果はダントの囮から壁がロゾを討ち取り(53巻573話)、橑陽城を占拠して犬戎を配下に加える勝利です。敵の部族まで仲間に変えて終わるのは、山界をまとめたときと同じ勝ち方だと言えます。642話の論功行賞では、楊端和は桓騎と並んで特別大功を受け、持ち場を離れられない楊端和の代わりにバジオウが宝剣を受け取っています。
新六大将軍の第四将に
その後、嬴政が六大将軍の制度を復活させ、楊端和は第四将に任じられました。第一将は蒙武、第三将は王翦です。山の民の王のまま、秦の最高位の将軍の一人になったということです。第二将の騰が844話で退いたいま、新六大将軍に残っているのは蒙武・王翦・楊端和の3人です。
楊端和はなぜ強いのか
楊端和の強さは、山界を数百年ぶりに武力でひとつにまとめたところに出ていると思います。王でありながら自分で剣を振り、いちばん危ない場所に自分が立つ。山の民が血筋ではなくその姿に従っているのは、作中で何度も描かれてきました。
そしてもう一つが、バジオウの存在です。橑陽で追い詰められたとき、バジオウは楊端和を背負って渓谷を跳び、幼いころの誓いを思い出しながら命にかえても王を守ると戦い続けました。王の強さと、王を守る者の強さが重なっているのが楊端和の軍です。
ただ、山の民には弱みもあります。近づいて斬り合えば強い一方で、遠くからの弓には弱いということです。その弱みを突いたのが、趙との戦いだったわけです。
楊端和は死亡したのか
楊端和は死亡していません。死亡説が広まったのは、趙攻略戦の855話「慈悲なき弓矢」で胸に矢を受けたからです。
射ったのは、中華十弓の一位とされる青華雲でした。李牧が秦の将を狙わせるために置いた弓の名手です。結果は、フィゴ王ダントが首を射抜かれ、楊端和も胸を射られて落馬するというものでした。ダントは倒れる前に、近づくなという警告を楊端和に託しています。
次の856話「必殺の刺客」で、楊端和は「心の臓はわずかにずらせた」と語り、矢が急所を外れていたことが分かります。ダントの警告が、ぎりぎりのところで命を拾ったわけです。ただ深手には変わりなく、楊端和は戦場を一時離れて退却しています。855話と856話は単行本78巻に入っています。
僕はこう読む
山の民は、近づいて斬れば負けない一族として描かれてきました。
その楊端和を倒しかけたのが、剣の届かない距離からの一本の矢でした。
李牧は山の民の強さと弱さを、いちばん正確に知っている敵だと思います。
そしてダントの警告が王の命を拾った。
部族を仲間として束ねてきた楊端和のやり方が、ここで返ってきたように見えます。
矢のあと、楊端和はいまどうなっているのか
856話で楊端和は後方のマジュハン族の天幕で手当てを受け、深手の事実はバジオウ・タジフ・シュンメン・キタリの4人にだけ伝えられました。ほかの隊長には後方で治療中とだけ伝え、戦いを続けさせたのは、王が倒れたと知れれば部族の集まりである軍が崩れかねないからです。
ダントも即死は免れましたが、意識を失った状態だと語られています。続く857話「誉れ高き敵」では、王とダントが倒れたことを知る舜水樹の戦い方で楊端和の軍は押され、百眼族の族長ハダマと娘のウダマが本陣の指揮を執りに現れました。矢を放った青華雲は、のちに79巻864話で飛信隊の蒼仁に討たれています。
2026年8月19日に出た最新の80巻まで、そしてその先の連載でも、楊端和が死亡する場面は描かれていません。史実でも楊端和の死は記録に残っていないので、史実から、ここで死ぬと決めることもできないわけです。
楊端和は結婚しているのか
作中で楊端和は結婚していません。結婚の噂が出るのは、854話でダントがこの戦に勝ったら楊端和を自分の女にすると言い出したからだと思われます。そのダントは次の855話で青華雲の矢に倒れ、願いは叶っていません。
右腕のバジオウとの関係も、夫婦ではなく王と守り手です。569話で命にかえても守り抜くと胸に誓う場面は、恋ではなく誓いとして描かれています。
史実の楊端和は男性だったのか
史実の楊端和は、山の民の王ではなく秦の将軍です。『史記』に名前が出るのは、次の3か所だけです。
- 紀元前238年 魏の衍氏を攻める
- 紀元前236年 王翦・桓齮とともに趙の鄴を攻める
- 紀元前229年 河内の兵を率いて趙の都・邯鄲を囲む
『史記』には女性だったという記述がどこにもなく、秦の正規の将軍として名前が出てくるだけです。キングダムの女王の姿は、原泰久先生が作った楊端和だということになります。紀元前229年のあと、どう亡くなったかも書かれていません。
実写で楊端和を演じたのは長澤まさみ
実写映画で楊端和を演じているのは長澤まさみさんです。出演したのは次の3作です。
- 『キングダム』(2019年)
- 『キングダム 運命の炎』(2023年)
- 『キングダム 大将軍の帰還』(2024年)
2作目の『キングダム2 遥かなる大地へ』には出ておらず、『運命の炎』は1作目以来の登場でした。
長澤さんにとっては本格的なアクションに初めて挑んだ役で、毎日、剣の素振りを100回くり返して撮影に臨んだと伝えられています。重い仮面を着けた玉座の場面も、最初から自分でやると言って本人が演じたそうです。実写の山の民は、バジオウを阿部進之介さん、タジフを一ノ瀬ワタルさん、ランカイを阿見201さんが演じています。
2026年7月17日公開の5作目『キングダム 魂の決戦』は合従軍編ですが、公式に発表されたキャストに楊端和の名前はありません。
アニメの声優は園崎未恵
アニメで楊端和の声を担当しているのは園崎未恵さんです。第6シリーズは2025年10月4日から12月27日までNHK総合で全13話が放送され、最終回のあとに続編の制作が発表されました。続編では、楊端和と犬戎王ロゾがぶつかる橑陽の戦いが描かれると告知されています。
楊端和の印象に残る言葉
楊端和の言葉は短く、王の決断がそのまま言葉になっています。台詞を並べるより、どの場面で何を決めた言葉だったのかを見たほうが、この人の芯が分かります。
いちばん大きいのは、王都奪還編で配下の前で嬴政との盟を宣言した言葉です。部族の恨みを背負ったまま、もう一度秦を信じると決めた言葉でした。もう一つは856話、矢を受けたあとの「心の臓はわずかにずらせた」です。深手を負いながら、王が倒れていないことを言葉で示した場面だと読めます。実写1作目では、王宮が血の海になってもよいかと問う台詞が公式の紹介に使われました。
まとめ
楊端和は山の民を束ねる山界の死王で、嬴政と盟を結んで秦に力を貸し、いまは新六大将軍の第四将です。855話で矢を受けましたが、死亡はしていません。
押さえておきたい点を並べます。
- 初登場は3巻20話。山の民の王で、秦の臣下ではなく同盟者
- 合従軍編では蕞に7日目で駆けつけ、大上造の爵位を授かった
- 鄴攻めでは橑陽で犬戎王ロゾを破り、犬戎を配下に加えた
- 新六大将軍の第四将。騰が退いたいま、残る3人の一人
- 855話で青華雲の矢を胸に受けたが、856話で急所を外れていたと分かった
- 作中で結婚はしていない。史実では秦の将軍で、女性とする記録は無い
- 実写は長澤まさみ、アニメの声優は園崎未恵
僕はこう読む
楊端和は、秦の将軍の肩書きを得ても、山の民の王であることをやめていません。
第四将になっても、戦場に連れていくのは仮面の部族たちです。
史実の楊端和は途中で記録から消えますが、この作品の楊端和には帰る山があります。
秦のために死ぬ将軍としてではなく、山へ帰っていく王として描かれるのではないかと思っています。
楊端和を秦の六大将軍の一人と見るか、秦と並んで立つ山界の王と見るかで、戦場に現れるたびの意味がずいぶん違って見えます。
——あなたは楊端和を、秦の大将軍だと思いますか。それとも、秦と対等に立つ山の民の王だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
楊端和については、855話の矢のその後と、長澤まさみさんの出演作をよく聞かれます。要点だけ整理しておきます。
Q. 楊端和は死亡しましたか。
A. 死亡していません。855話で青華雲の矢を胸に受けて落馬しましたが、856話で急所を外れていたことが分かり、命は助かっています。80巻まで死亡する場面はありません。
Q. 楊端和は何者ですか。
A. 山界の部族を束ねる山の民の王で、山界の死王と呼ばれています。嬴政と盟を結んだ同盟者で、秦の新六大将軍の第四将でもあります。
Q. 楊端和はなぜ強いのですか。
A. 山界を数百年ぶりに武力でまとめた王で、自分で前線に立って剣を振るうからです。右腕のバジオウをはじめ、命をかけて王を守る部族がついています。
Q. 楊端和はいまどうなっていますか。
A. 856話で後方のマジュハン族の天幕で手当てを受け、深手の事実はバジオウ・タジフ・シュンメン・キタリの4人にだけ伝えられました。新六大将軍の第四将のまま、死亡は描かれていません。
Q. 実写で楊端和を演じたのは誰ですか。
A. 長澤まさみさんです。『キングダム』『運命の炎』『大将軍の帰還』の3作に出演しています。
Q. 楊端和は結婚していますか。
A. 作中では結婚していません。854話でフィゴ王ダントが楊端和を自分の女にすると言いましたが、ダントは次の855話で矢に倒れています。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年10月8日


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