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ゲロ道との別れは、どうなったのでしょうか
結論から言うと、父親の転勤で青森県八戸市へ引っ越し、鴨川ジム式の送別スパーで見送られました。そして数年後、八戸拳闘会の「ハンマー・ナオ」として一歩の前に戻ってきます。
別れは、そこで終わっていません。この記事では引っ越しが分かった夜から、39巻で再会するまでを順につないでいきます。
この記事でわかること
- ゲロ道が引っ越しを黙っていた理由
- 母親との会話で分かる、ゲロ道が変わったところ
- 鴨川ジム式の送別会(スパーで見送る)の中身
- 引っ越し先が青森県八戸市であること
- 39巻でハンマー・ナオとして再登場し、一歩と戦った結果
- 63巻で描かれた、いまのゲロ道
引っ越しを、ゲロ道は最後まで黙っていました
きっかけはA級トーナメントの祝勝会です。鴨川ジムから一歩・青木・木村の3人が出場し、そろって初戦を突破しました。一歩はスピードスターの冴木に大苦戦しながらの勝利。青木はこの試合で初めてカエル跳びを披露しています。
観戦組の鷹村が発起人になり、カラオケボックスで祝勝会が開かれました。メンバーは鷹村・一歩・青木・木村・山田直道の5人。一歩はカラオケボックス自体が初めてで、ドキドキしています。
解散後、店の前で鷹村が話しはじめます。試合前だから口止めされていた、けど終わったからいいか——。
ゲロ道は父親の都合で転勤になり、引っ越すことが決まっていました。祝勝会のあいだ中、それを黙っていたのです。
水くさい、と一歩は言います。それに対する鷹村の答えが「ゲロ道なりに気を使っていた」でした。
僕はこう読む
この「黙っていた」が、ゲロ道という人物の全部だと思っています。
言えば、祝勝会の空気が変わります。先輩3人がトーナメントを勝ち上がった日を、自分の引っ越しの日にしてしまう。それが嫌だったのだと思います。
入門したときは、いじめられている自分を変えたくて来た子でした。その子が、自分の一大事より場の空気を選べるようになっている。
強くなったかどうかより、ここがいちばん変わったところだと思います。
母親との会話で、ゲロ道の変化が分かります
自宅に帰ったゲロ道は、母親と引っ越しの準備をします。そこで母親がこう言います。
「ごめんね、引っ越す度にいじめられていたんだろう?また引っ越すけど大丈夫?」
ゲロ道はもともと、全日本新人王になった一歩に憧れ、いじめられている自分を変えたいと決心して鴨川ジムに入門しました。そして鴨川ジムで、尊敬する一歩もまた、いじめられていたという事実を知ります。
母親への答えは、これだけでした。自分が変わったから大丈夫。
ちなみに「ゲロ道」というあだ名は鷹村が付けたものです。ロードワークで嘔吐したことに由来する、本人にとっては不名誉な呼び名でした。
鴨川ジム式の送別会は、スパーで見送るものでした
翌日、挨拶のため鴨川ジムに来たゲロ道は、マネージャーの八木から「みんなが送別会するから地下で待っている」と聞かされます。
嬉しい気持ちで地下へ向かったゲロ道が見たのは、ウォームアップして体を温めている鷹村・青木・木村でした。
鷹村いわく「鴨川式送別会」。忘れられないように、スパーで見送るというものです。
- 1人目・鷹村……一歩は前日のダメージでセコンドに。かけた言葉は「アドバイスは無理だから、とにかく逃げて頑張ってね」
- 2人目・青木/3人目・木村……Jウェルター級のジャブは迫力があり、並みの4回戦なら楽勝だと評価される
- 4人目・一歩……「僕も忘れて欲しくないから」と自分から参加
一歩が本気で打ったのには理由があります。ボクシングを続けるというゲロ道に、同じファイタースタイルの手本を、いちばん近くで見せるためです。
憧れの先輩と向き合ったゲロ道は、飛んでくる左ボディから目を離しませんでした。そしてまともに食らって悶絶し、リング上で青木が用意したバケツに戻します。
青木の一言が「最後までゲロ道だったな」。その背中を受けながらシャワーへ向かうゲロ道は、受けた傷を確かめながら喜びに浸っていました。
こうしてゲロ道は引っ越していき、一歩はまた一番下っ端に戻ります。
引っ越し先は、青森県八戸市でした
ゲロ道が移ったのは青森県八戸市。所属も鴨川ジムから八戸拳闘会へ変わります。
鴨川ジムではデビュー戦を迎えないまま去っています。プロテストには受かっていましたが、リングに上がる前に引っ越した形です。
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送別スパーは、はたから見れば理不尽です。挨拶に来た後輩を4人がかりで殴っている。
それでもゲロ道は喜びに浸って帰っています。理由は簡単で、この4人は誰ひとり手加減しなかったからだと思います。
いじめられて育った子にとって、「対等に扱われる」ことと「優しくされる」ことは別です。優しくされるのは、いつも下に置かれるときでした。
だから最後に本気の左ボディをもらったことが、この子にとっては送別の言葉になった——僕はそう読んでいます。
39巻、ハンマー・ナオとして戻ってきます
ここからが「その後」です。
八戸拳闘会でプロデビューしたゲロ道のリングネームが「ハンマー・ナオ」。由来はそこで身につけたスタイルで、ガードを固めて相手のパンチに耐え、強力なフック(ハンマー)を叩き込む戦い方です。逆境の試合を勝ち上がり続けて付いた名前でした。
そして39巻。日本フェザー級7位まで上がったハンマー・ナオが、王者・幕之内一歩の2度目の防衛戦に挑戦者として現れます。
かつての面影はほとんど残っていませんでした。一歩のほうも、見知った後輩に必殺のパンチを打てるのかという問いを突きつけられます。
結果は、一歩の2ラウンドKO勝ちでした。
ただ、この試合の本当の意味は勝敗ではありません。ナオはこの試合を最後に引退するつもりでいました。ところが試合後、一歩のインタビューを聞いて引退を撤回し、現役続行を決めます。
63巻では、後輩にミットを持っていました
その後の姿は63巻に出てきます。鷹村がWBC世界ミドル級王座に挑戦する前、青森の八戸拳闘会を訪れた場面です。
そこにいたゲロ道は、後輩選手のミットを持って指導していました。一歩と戦ったときの殺伐とした雰囲気は消え、髪も少し伸び、穏やかな表情に戻っていたと描かれています。
いじめられていた子が、教える側に立っている。別れの続きは、ここまで描かれています。
あの日のカラオケで、何があったのか
別れの前夜にあたる祝勝会も、拾っておきます。
鷹村から「景気づけに下っ端から唄え」と言われ、一歩はアタフタします。ところがゲロ道が一番下だと気づいて先輩風を吹かせるので、トップバッターはゲロ道になりました。
顔を赤らめながら歌ったのはサザンオールスターズ。恥ずかしがっていたわりに、木村に「ほぉ」と言わせるほど上手いという意外な一面が出ます。
次が鷹村。本を見ずに番号を言えるほど歌い込んだ十八番が、アリスの「チャンピオン」でした。チャンピオンがチャンピオンを歌う——と期待した一歩に、木村が「上手いと思ったのか」「とりあえずは一曲終わるまで我慢や」と釘を刺します。
そのカラオケ映像にも見どころがありました。振り向いたチャンピオン役が、一歩と対戦経験のある速水龍一だったのです。もともと女性人気が高く、ルックスとボクシングの才能で芸能活動をしていました。
青木が映像に見入っているのを、鷹村は歌に聞き入っていると勘違いしてアンコールと受け取ります。結果、ゲロ道いわく10回以上の「エンドレスチャンピオン」に。しまいには速水がベルトを巻く姿に自分を重ねた青木・木村・一歩まで参戦しました。
店の前では、一歩のボディブローのエグさが話題になります。木村は同じファイタータイプのゲロ道に向けて、踏み込みの速さだけでなく「これだけ近い距離に行く勇気も必要だ」と説明しました。実演した一歩がカラオケ店の看板を吹き飛ばし、5人で走って逃げる——これが別れの前夜です。
まとめ|ゲロ道との別れをどう読むか
ゲロ道との別れは、父親の転勤による青森県八戸市への引っ越しと、鴨川ジム式の送別スパーでした。
決め手だけ並べます。
別れまで
- 本名は山田直道。あだ名はロードワークで嘔吐したことから鷹村が命名
- A級トーナメントの祝勝会のあいだ、引っ越しを最後まで黙っていた
- 母親の「また引っ越すけど大丈夫?」に、自分が変わったから大丈夫と答えた
- 送別会は鷹村→青木→木村→一歩の順のスパー。一歩の左ボディでバケツに戻した
その後
- 引っ越し先は青森県八戸市。所属は鴨川ジム→八戸拳闘会
- デビュー戦を迎えないまま鴨川ジムを去り、八戸でプロデビュー
- リングネームはハンマー・ナオ。耐えてフックを叩き込むスタイルから
- 39巻で日本フェザー級7位として一歩の2度目の防衛戦に挑戦し、2ラウンドKO負け
- 引退を考えていたが、一歩のインタビューを聞いて撤回
- 63巻では八戸拳闘会で後輩のミットを持って指導していた
僕はこう読む
この別れが効いているのは、再会が「勝った・負けた」で終わっていないからだと思います。
ハンマー・ナオは2ラウンドで倒れました。それだけなら、よくある元後輩の噛ませ役です。ところが本人は、その試合を最後に辞めるつもりだった。そして辞めなかった。
送別スパーで一歩が本気で打ったのは「ボクシングを続けるゲロ道」のためでした。あの日の理由が、39巻でそのまま回収されている。
殴って見送った先輩が、もう一度殴って引き止めた——そういう話だと読んでいます。
そのうえで、まだ残る問いがあります。ゲロ道は、いつ自分の呼び名を受け入れたのか。ロードワークで吐いたことから付いた不名誉なあだ名でした。それでも青木の「最後までゲロ道だったな」を、本人は喜びとして持ち帰っています。どこで嫌な名前が自分の名前に変わったのかは、はっきり描かれていません。
——あなたは「ゲロ道」という呼び名を、最後まで消えなかった嫌なあだ名だと思いますか。それとも、本人が受け取り直した名前だと思いますか。よければコメントで、あなたの読み方を聞かせてください。
よくある質問
ゲロ道はハンマー・ナオという別名で再登場するため、別れの話と再会の話が別々に語られがちです。ひと続きにして拾っておきます。
Q. ゲロ道はなぜ鴨川ジムを去ったのですか
A. 父親の都合で転勤が決まり、家族で青森県八戸市へ引っ越すことになったためです。A級トーナメントの祝勝会のあいだは、試合に影響しないよう黙っていました。
Q. 鴨川ジム式の送別会とは何ですか
A. 忘れられないようにスパーで見送るというものです。鷹村・青木・木村と順に相手をし、最後は「僕も忘れて欲しくないから」と一歩も参加しました。
Q. ゲロ道はその後どうなりましたか
A. 八戸拳闘会に移ってプロデビューし、リングネーム「ハンマー・ナオ」として39巻で再登場します。日本フェザー級7位として一歩の2度目の防衛戦に挑戦しました。
Q. 一歩とハンマー・ナオの試合結果はどうなりましたか
A. 一歩の2ラウンドKO勝ちです。ナオはこの試合を最後に引退を考えていましたが、試合後の一歩のインタビューを聞いて撤回し、現役を続けました。
Q. 「ゲロ道」というあだ名の由来は何ですか
A. ロードワークで嘔吐したことから、鷹村が付けた呼び名です。本名は山田直道で、本人にとっては不名誉なあだ名でした。
Q. いまのゲロ道はどうしていますか
A. 63巻で、鷹村が世界戦の前に八戸拳闘会を訪れた際、後輩選手のミットを持って指導している姿が描かれています。髪も伸び、穏やかな表情に戻っていました。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月8日


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