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内田篤人選手が登場するのは何話?
結論から言うと、内田篤人選手の名前が出てくるのは274話(27巻)です。福田監督が伊達コーチとの会話で、日本史上最高のサイドバックとして挙げます。
アオアシは、FWだったアシトがサイドバック(SB)に転向し、そこから世界を目指す物語です。その作品が、実在のSBの名前を出してまで何を言いたかったのか。この記事では、274話で福田が語った中身と、内田選手本人がアオアシについて語った言葉を並べて見ていきます。
この記事でわかること
- 内田篤人選手の名前が出るのは何話・何巻か
- 福田監督が「日本史上最高のSB」と呼んだ理由
- ボランチでは通用しなかった、という話の意味
- 内田選手本人がアオアシについて語ったこと
- 福田が内田選手をこの位置で語った理由(カイの読み)
274話で何が語られたのか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 話数・巻数 | 274話(単行本27巻) |
| 誰が話すか | 福田達也監督が、伊達望コーチとの会話で語る |
| 呼び方 | 「日本史上最高のサイドバック」「英雄の中の英雄」 |
| 話の流れ | アシトをなぜSBに置くのか、という理由を説明する中で出てくる |
274話は、アシトのポジションをめぐる話の中にあります。アシトがSBへ転向したのは61話ですが、なぜSBなのかを実在の選手で説明したのは、ずっと後の274話でした。アニメ2期は原作118話の続きから始まるので、この場面はまだ先の話です。
福田はなぜ「日本史上最高のSB」と呼んだのか
福田の評価の軸は、内田選手が「思考するサイドバック」の先駆者だったという一点にあります。
日本人の弱点になりがちなフィジカルを、視野と思考力で補う。そのやり方で、一時期は世界の右SBで5本の指に入っていた、と福田は語ります。しかもJリーグが欧州からさほど注目されていなかった時期に、それをやってのけた。欧州で日本人選手が見られるようになった道を切り開いた一人だ、という評価です。
ただし、その代償は右膝のケガという大きなものでした。福田が「英雄の中の英雄」とまで呼ぶのは、この両方を知っているからです。
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福田がこの話を熱く語るのには、福田自身の過去が重なっていると思っています。
福田も元日本代表で、スペインでの大ケガで引退した選手でした。海外で戦い、ケガで道を断たれたという点で、内田選手と同じ痛みを知っています。
だから「英雄の中の英雄」は、ただの褒め言葉ではありません。世界で戦った日本人のSBが、どれだけのものを差し出したかを分かっている人の言葉です。その重さを背負わせる相手として、福田はアシトを見ているのだと読んでいます。
なぜボランチではなくサイドバックなのか
そこまで視野と思考力があるなら、中央のボランチのほうが生きるのでは。伊達がそう考えても不思議はありません。しかし福田は、それではだめだと言い切ります。
その根拠に出てくるのが、内田選手をボランチに置いたときの話です。高校生を相手にしても、ボールがまったく足につかず、通用しなかった。チャンピオンズリーグで見せた技術も、思考力も走力も、そこでは関係がありませんでした。同じ守備の選手でも、サイドと中盤はまったく別のポジションだということです。
SBは、片側のタッチラインと後ろに敵がいません。注意しなければならない範囲が絞られるので、そのぶん前と中を見ることに頭を使えます。360度から寄せられる中盤で、同じことをするのは難しい。内田選手の視野は、SBという場所があって初めて武器になった、というのが福田の見立てです。
アシトがサイドバックである理由とどうつながるのか
アシトも、基本の技術がほとんど無いまま入ってきた選手でした。視野の良さだけを見て中盤に置けば、周りとの技術の差に押しつぶされていたはずです。
いちばん後ろから試合全体を見渡せるSBなら、アシトの目はそのまま武器になります。内田選手とアシトは、SBに置かれることで持っている力がいちばん生きる選手として、同じ線の上に並べられています。
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この場面の上手さは、内田選手の「失敗談」を先に出したところだと思っています。
すごい選手だからSBをやれ、では説得力がありません。世界のトップ5に入ったSBでも、ボランチでは高校生に通用しなかった。そう聞かされると、ポジションは格の上下ではなく、向き不向きの話なのだと分かります。
61話でFWから外されたアシトは、ずっとSBを「格下げ」のように感じていました。274話は、その感覚そのものを実在の英雄の話でひっくり返す回だと読んでいます。
内田篤人選手はどんな選手だったのか
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1988年 | 3月27日、静岡県で生まれる。清水東高校を卒業 |
| 2006〜2010年 | 鹿島アントラーズ。J1リーグ3連覇(2007〜2009年) |
| 2010〜2017年 | ドイツのシャルケ04で右SBを務める |
| 2011年 | シャルケでUEFAチャンピオンズリーグのベスト4に進む |
| 2017〜2018年 | 1.FCウニオン・ベルリン |
| 2018〜2020年 | 鹿島に復帰し、2020年8月に現役を引退 |
日本代表では2008年から2015年までに74試合に出場し、2得点を挙げています。ブンデスリーガのシャルケでは、右サイドから試合を組み立てる役を任されていました。福田が「思考するSB」と呼んだのは、この時期の姿です。
内田選手本人は、アオアシをどう語ったのか
2018年2月、サッカー専門誌『footballista』とアオアシのコラボ増刊号が出て、その巻頭インタビューに内田選手が登場しました。インタビューの題は「アツトからアシトへ」。特集には「サイドバックの時代が来る」という見出しが付いていました。
内田選手は、体に特別なものがあるわけではないアシトの「目の良さ」に注目し、主人公のポジションにSBを選んだことを高く評価しています。インタビューの紹介文には「ゲームに血を通わせるのはサイドバック。誰でもできそうだけど難しい」という言葉が添えられていました。
このインタビューは、原作が274話で内田選手の名前を出すよりずっと前のものです。現役のSBが先にアシトを認め、何年もあとに作中の監督がそのSBを「英雄の中の英雄」と呼んだ、という順番になります。
まとめ
内田篤人選手の名前が出てくるのは274話(27巻)です。福田監督が、アシトをSBに置く理由を説明する中で語ります。
274話を読むときに、押さえておきたいのは次の5つです。
- 福田は伊達との会話で、内田選手を「日本史上最高のSB」「英雄の中の英雄」と呼ぶ
- 理由は、フィジカルを視野と思考力で補う「思考するSB」の先駆者だったから
- ボランチでは高校生にも通用しなかった、という話がSBの向き不向きを示す
- アシトのSB転向は61話。理由が実在の選手で語られるのは274話
- 内田選手本人も2018年のfootballistaで、アシトの目とSBという選択を評価していた
僕はこう読む
実在の選手の名前を出すのは、漫画にとって危ない手だと思っています。本人のイメージに物語が負けることがあるからです。
それでも274話が浮かないのは、内田選手を「すごい人」ではなく「SBでしか生きなかった人」として出したからです。
そう読むと、アシトがSBであることは妥協ではなく、世界に届く道そのものだと分かるように作られています。
274話を、内田選手への作者からの敬意と読むか、アシトにSBを納得させるための説明と読むかで、この回の熱の意味がずいぶん違って見えます。
——あなたは274話の内田篤人の話を、作者から内田選手への敬意だと思いますか。それとも、アシトがSBであることを納得させるための説明だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
内田篤人選手の名前は274話に一度出てくるだけですが、アシトのSB転向の話とつながっています。短く答えておきます。
Q. アオアシで内田篤人は何巻に出てきますか
A. 27巻です。274話で、福田監督が伊達コーチとの会話の中で、日本史上最高のサイドバックとして内田篤人選手の名前を挙げます。
Q. 内田篤人はアニメのアオアシに出ますか
A. 274話はアニメ1期より後の話です。2026年10月4日から始まるアニメ2期は原作118話の続きからなので、この場面はまだ先になります。
Q. アシトのモデルは内田篤人ですか
A. 作中に、アシトのモデルが内田篤人選手だと語る場面はありません。274話の福田の話は、SBという置き場所を説明するために出てきます。内田選手本人は、2018年のfootballistaのインタビューで、アシトの目の良さとSBという選択を評価しています。
Q. アシトがサイドバックに転向するのは何話ですか
A. 61話です。FWだったアシトが、福田監督からSBへの転向を告げられます。なぜSBなのかを内田選手の例で語るのは、ずっと後の274話です。
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最終更新:2026年9月25日


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