合従軍で無能だったのは誰か?
結論から言うと、いちばん響いたのは燕の総大将オルドです。ほぼ戦わないまま王翦(おうせん)の心理戦に敗れ、燕軍8千を失ったうえ、その後も山の中で動けなくなりました。
趙・楚・魏・韓・燕の五国が秦国に攻め込んだ合従軍編。軍勢の数だけを見れば、圧倒的に合従軍が有利な大戦でした。それでも結果は秦国の勝利です。なぜ勝てなかったのか。この記事では、合従軍側の総大将5人を、敗因への響き方の順に並べていきます。
この記事でわかること
- 合従軍の総大将5人を、敗因への響き方でランキングにしたもの
- それぞれが何をして、何を失ったのか
- 李牧が無能ではないと言える理由
- この5人の失敗に共通しているもの(カイの読み)
合従軍とは何だったのか
合従軍とは、趙国の李牧が企てた、趙・楚・魏・韓・燕の五国からなる軍です。李牧はこの軍で秦国を滅ぼすつもりでした。
前半の函谷関攻防戦では、燕の総大将オルドに王翦軍が、韓の成恢(せいかい)と魏の呉鳳明(ごほうめい)には張唐軍・桓騎軍・蒙豪軍が、楚の汗明には蒙武軍が対峙します。後半の蕞防衛戦では、趙の李牧・龐煖(ほうけん)が蕞を落としにかかりました。結果として函谷関も蕞も落とせず、合従軍は敗北します。
ランキング1位|オルド(燕)|ほぼ戦わずに退場した
燕の総大将オルドは、当初こそ良い動きをしていました。王翦軍の心臓部をピンポイントで突き、函谷関につながる裏ルートにたどり着くことに成功しています。
ところが、王翦はすでにその背後に伏せていました。誘い込まれた燕軍8千は皆殺しにされます。オルド自身は逃げきりましたが、軍は一気に後退し、長時間にわたって山の中で足止めされました。
致命的なのはここからです。王翦軍はすでに函谷関の援護に向かうため山を下りていました。それでもオルドは「山に伏兵がいる」と考え、動けません。誰もいない山を、最後まで警戒し続けたことになります。
ランキング2位|呉鳳明(魏)|兵器を出しながら気づけなかった
魏の総大将・呉鳳明は、自ら設計した巨大兵器を投入しました。井蘭車を使って函谷関に橋を架けることにも成功しています。
しかし桓騎軍の油と火矢で、あっけなく燃やされました。翌日は井蘭車に水をたっぷり含ませて燃えないように対処します。すると今度は煙をまかれ、桓騎軍が地上に降りたことにまったく気づけませんでした。
この見落としの結果、地上に降りた桓騎軍・張唐軍によって、韓の総大将・成恢が討ち取られます。自分の失敗が味方の総大将の死につながったという点で、響き方は大きいものでした。
ランキング3位|成恢(韓)|大将が背を向けた
韓の総大将・成恢は、毒矢で秦軍将軍・張唐の体を毒に侵すことに成功しています。ここまでは成果でした。
ところが桓騎の策で張唐軍・桓騎軍が地上に降り、成恢の本軍まで迫ります。目の前に現れた張唐を見て、毒に侵された相手はもう戦えないと判断した成恢は、その場を離れようと背を向けて走り出しました。
猛追してきた張唐の「大将が背を向けて逃げるな」という一言とともに、あっけなく討ち取られます。
僕はこう読む
上位3人の失敗が、全部「戦って負けた」ではないのが、この合従軍編の恐ろしさだと思っています。
オルドは誰もいない山を警戒し続け、呉鳳明は煙の向こうを見落とし、成恢は背中を見せた。三人とも、相手の武力ではなく、自分の判断で崩れています。
秦国側の王翦・桓騎・張唐がやったのは、力でねじ伏せることではなく、相手に間違った判断をさせることでした。
「無能」と言われがちですが、正確には読まれたのだと思います。読まれる側に回った時点で、数の有利は意味を失っていました。
ランキング4位|汗明(楚)|幕開けから先手を取られた
汗明は「楚の巨人」の異名を持ち、楚軍宰相の春申君からも絶大な信頼を寄せられていた総大将です。大戦の幕を開ける号令を任されていました。
ところが、その幕開けさえ秦国将軍の藨公に先手を取られ、攻撃を仕掛けられてしまいます。圧倒的な武力を持ち、登場シーンもインパクトのあった人物ですが、最終的には蒙武(もうぶ)に頭を粉々に砕かれました。
さらに、汗明の死後に楚軍の将軍として登場する媧燐(かりん)にキャラクターとして負けてしまっている点も、印象を薄くしています。
ランキング5位|龐煖(趙)|登場が遅すぎた
龐煖は合従軍で秦国将軍の藨公を討ち取り、秦国に大きな痛手を負わせています。実力そのものは疑いようがありません。
問題は登場の時期でした。後半の蕞防衛戦で龐煖が現れたのは、楊端和率いる山の民が蕞に到着した後です。合従軍を企てた李牧にとっても、蕞が落とせなければ敗北が決まるという最終局面でした。
登場したものの、信に好戦され、最終的には味方に退がれといなされて退却していきます。もっと早く出ていれば戦局は大きく傾いていたのではないか、と思わせる遅さでした。
李牧は無能だったのか
李牧が無能だったとは言えません。
函谷関の攻防戦で崩れたのは、王翦に転がされたオルド、桓騎にしてやられた成恢と呉鳳明、蒙武との男の勝負に敗れた汗明です。李牧が直接指揮した場面ではありません。五国の寄せ集めという構造上、他国の総大将の判断まで李牧が握れるわけではありませんでした。
蕞の防衛戦においても、秦国王・政が自ら現れることまでは、さすがの李牧にも予測できなかったといえます。結果として、李牧が無能だったというより、秦国の武将それぞれが上回っていた、という読み方のほうが実際に近いはずです。
僕はこう読む
李牧の本当の誤算は、「五国が同じ絵を見ている」と前提したことだと思っています。
合従軍は数だけなら圧倒的でした。ただし燕には燕の、楚には楚の事情があります。オルドが山で止まったのも、汗明が号令を焦ったのも、自国の都合で動いた結果です。
李牧の策は、全員が策どおりに動けば成立するものでした。その前提こそが、五国の軍では一番壊れやすい部分でした。
個々の総大将を「無能」と呼ぶのは簡単ですが、寄せ集めの軍がそう動くこと自体は、最初から見えていたはずです。そこを織り込めなかった点だけが、李牧の失点だと考えています。
まとめ|合従軍の残念な5将をどう読むか
合従軍でいちばん響いたのは、オルドが誰もいない山を警戒し続け、燕軍8千を失ったことでした。
ランキングを並べます。
- 2位 呉鳳明。巨大兵器を投入しながら桓騎の地上降下に気づけず、成恢の死につながった
- 3位 成恢。毒矢で張唐を侵しながら、背を向けて討ち取られた
- 4位 汗明、5位 龐煖。実力はありながら、先手を取られ、登場が遅れた
- 李牧は無能ではない
僕はこう読む
上位3人の失敗が、全部「戦って負けた」ではないのが、この合従軍編の恐ろしさだと思っています。
オルドは誰もいない山を警戒し、呉鳳明は煙の向こうを見落とし、成恢は背中を見せた。
三人とも、相手の武力ではなく自分の判断で崩れています。
李牧の誤算も同じ種類です。合従軍は数だけなら圧倒的でしたが、燕には燕の、楚には楚の事情がありました。「五国が同じ絵を見ている」と前提したことが誤りです。この敗北を各将の力不足と読むか、読まれた側から順に崩れた一本の線と読むかで、合従軍編の見え方が変わってきます。
——あなたは合従軍の敗北を、5将それぞれの力不足だと思いますか。それとも、読まれた側から順に崩れていった一本の線だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
合従軍は5将の失敗がそれぞれ別の戦線で起きています。オルドの燕軍から順に確認しておきます。
Q. 合従軍でいちばん無能だったのは誰ですか?
A. 燕の総大将オルドです。王翦の心理戦に敗れて燕軍8千を失い、王翦軍がすでに山を下りたあとも伏兵を警戒して動けないままでした。
Q. 李牧は無能だったのですか?
A. 無能とは言えません。函谷関で崩れたのは他国の総大将たちであり、蕞では秦国王・政の登場という予測しがたい要素がありました。
Q. 合従軍とはどんな軍ですか?
A. 趙国の李牧が企てた、趙・楚・魏・韓・燕の五国からなる連合軍です。秦国を滅ぼすことを目的としていましたが、函谷関も蕞も落とせずに敗北しました。
Q. 汗明はどうなりましたか?
A. 「楚の巨人」と呼ばれた楚軍の総大将でしたが、蒙武との戦いで頭を粉々に砕かれて敗れています。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年8月19日


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