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【はじめの一歩】猫田の病気は何なのか?パンチドランカーです。鴨川との死闘で発症し、後遺症が残ります!

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猫田の病気は何なのか

結論から言うと、猫田銀八の病気はパンチドランカー症状です。連戦の蓄積と鴨川源二との死闘で発症し、ラルフ・アンダーソン戦の敗北でボクサー生命が終わりました。

猫田銀八は、鴨川源二の現役時代のライバルであり拳友です。いまは上越地方の山奥でペンションを営み、犬のハチたちと暮らす好々爺として登場します。その穏やかな姿の裏に、ボクサーとして潰れた体が残っている。病名がはっきり示されるのは、原作45〜46巻の「戦後編」です。

この記事でわかること

  • 猫田の病気の名前と、発症した時期
  • アンダーソン戦で敗れた直接の理由
  • いまの猫田に後遺症がどれだけ残っているか(カイの読み)

病名はパンチドランカー症状

猫田の体を壊したのは、対戦相手ではなく積み重ねです。当時は1日のうちに複数の試合をこなすのが当たり前で、回復の時間がありませんでした。そこへ鴨川源二との死闘が重なり、パンチドランカー症状を発症します。

ボクシングのスタイルも災いしました。猫田は柔軟な体と鋭い感性に裏打ちされた芸術的なボクサーですが、攻撃に特化しているぶん相手の打撃をもらいやすい。打たせて勝つ形が、そのまま蓄積ダメージになっていきました。

項目 作中で描かれていること
病名 パンチドランカー症状
原因 1日に複数試合という連戦の蓄積ダメージと、鴨川源二との死闘
決定打 ラルフ・アンダーソン戦。症状の発症と、後頭部を打つラビットパンチ
結果 敗北してボクサー生命が終わり、鴨川に後を託して引退
現在 後遺症は残るが程度は緩和され、日常生活に支障のない状態
描かれる巻 原作45〜46巻の戦後編。アニメは『Rising』第22〜25話

アンダーソン戦で何が起きたのか

舞台は敗戦から2年後の1947年です。鴨川と猫田の前に現れたのが、米兵のボクサー、ラルフ・アンダーソンでした。広島から来たユキに乱暴を働こうとしたアンダーソンへ、猫田が拳闘で挑んだのがこの試合です。

試合の最中に症状が出ます。そこへアンダーソンが後頭部を打つラビットパンチを重ねました。格闘技で後頭部への攻撃は禁じ手です。反則打と発症が同時に来て、猫田は立てなくなりました。

それでも猫田は立ち上がります。鴨川に負い目を持たせないためでした。「真っすぐに道を歩け!格闘家のみちを!!」という言葉を残して、猫田はリングを降りています。

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猫田の病気は、負けたから背負ったものではないと思っています。
発症のきっかけとして名前が挙がるのは、アンダーソンではなく鴨川との死闘のほうです。
つまり猫田を壊したのは、いちばん本気で殴り合った相手でした。
ふたりが顔を合わせるたびに戦績で言い争うギャグは、あの死闘を笑い話の側に置いておくための作法に見えます。

後を引き受けた鴨川も拳を失った

猫田が倒れたあと、鴨川がアンダーソンに挑戦状を叩きつけます。「貴様を殴る拳が日本にはまだある!俺の拳が残っている!!」という台詞はここで出ます。この試合のために編み出したのが鉄拳でした。

鉄拳は肋骨を折り、内臓まで衝撃を通す破壊力を持ちます。鴨川はダウンを重ねながら、深いボディブロー2発でアンダーソンを倒しました。ただし鉄拳は自分の拳も壊す諸刃の剣です。

試合後、鴨川の拳は粉砕骨折していました。当時の医療では元に戻せません。アンダーソン戦は、鴨川源二にとっても最後の試合になりました。

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戦後編は、ひとりの選手生命で終わらせていません。
猫田は頭を、鴨川は拳を持っていかれています。
同じ相手に、別の場所を壊された二人が、そのあと半世紀ジムで並んでいる。
猫田が鴨川ジムの練習に顔を出し続けるのは、恩返しでも同情でもなく、同じ代償を払った者どうしの距離なのだと思っています。

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いまの猫田はどうなっているのか

猫田は上越地方の山奥でペンションを経営しています。年齢は70を過ぎ、犬のハチとその子供たちと暮らしています。療養の場所として選んだのが、この山でした。

後遺症は消えていません。ただ程度は大きく緩和され、日常生活に支障のない状態まで戻っています。一歩たちが訪ねていく猫田は、走れるし、笑えるし、鴨川と取っ組み合いの喧嘩もできます。

鴨川との対戦成績は2勝2敗1分です。ところが二人とも「自分の3勝2敗だ」と言い張ります。この言い争いが、戦後編を読んだあとだと少し違って聞こえます。

ユキは田舎へ帰る猫田についてゆき、亡くなるまで二人で暮らしました。いまはペンションの仏壇に弔われています。鷹村が世界王者になったとき、鴨川が報告に来たのもこの仏壇の前でした。

まとめ

猫田銀八の病気はパンチドランカー症状です。連戦の蓄積と鴨川との死闘で発症し、アンダーソン戦の敗北で選手生命が終わりました。

戦後編で描かれた決め手を並べておきます。

  • 病名はパンチドランカー症状。試合中の発症として描かれる
  • 原因は1日複数試合の連戦と、鴨川源二との死闘
  • 敗因はアンダーソンのラビットパンチと、症状が重なったこと
  • 鴨川も鉄拳の代償で両拳を砕き、同じ試合で引退している
  • いまは上越の山奥でペンションを営み、後遺症は日常生活に支障がない程度

僕はこう読む

この病気は、猫田ひとりの不運として置かれていないと思っています。
拳闘の時代に体を差し出した人間が、どこを持っていかれたか。
頭の猫田と、拳の鴨川
その二人が育てた先に一歩がいる、という並べ方になっています。

病気を「終わった話」と見るか、「いまも続いている話」と見るかで、山を訪ねる場面の重さがずいぶん違って見えます。

——あなたは猫田の病気を、選手生命を奪った過去の出来事だと思いますか。それとも、いまも一緒に暮らしている後遺症だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。

よくある質問

パンチドランカーという言葉は作中で何度も出てきませんが、45〜46巻を読むと、症状の出方まで細かく描かれていることがわかります。

Q. 猫田の病気はいつ発症したのですか。
A. 現役時代です。1日に複数試合をこなす連戦の蓄積ダメージと、鴨川源二との死闘が重なって発症したと説明されています。アンダーソン戦は発症そのものではなく、症状が出た状態で戦って敗れた試合です。

Q. 猫田が負けたのは病気のせいだけですか。
A. 違います。アンダーソンが後頭部を打つラビットパンチという反則打を使っています。禁じ手と症状の両方が重なった結果の敗北です。

Q. 戦後編は何巻で読めますか。アニメにもありますか。
A. 原作は45〜46巻です。アニメは第3期『はじめの一歩 Rising』の第22〜25話が戦後編で、全4話のスペシャル番外編として放送されました。若い頃の鴨川を宮野真守さん、猫田を吉野裕行さんが演じています。

この記事の続きに

拳闘に賭けた青春の裏に、鴨川と猫田が背負った戦争の影

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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月17日

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