荀早は死亡したのか
結論から言うと、荀早(じゅんそう)は死亡していません。著雍編の終わりに凱孟軍とともに撤退しただけで、討たれてはいないからです。
大将の凱孟(がいもう)も健在です。魏軍と再び戦うことになれば、また出てくる相手になります。
この記事でわかること
- 初登場の話数と、著雍編の収録巻
- 河了貂(かりょうてん)を捕らえた手際
- 人質交換で荀早が言ったこと
- 3日目に河了貂へ敗れた理由
- 凱孟との関係
- 実在の人物かどうか
初登場は382話
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 初登場 | 第382話。著雍の戦いで飛信隊と交戦 |
| 著雍編の収録 | 35巻〜37巻 |
| アニメ | 4期12話 |
| 所属 | 魏国・凱孟軍の軍師 |
凱孟が14年間投獄されていたため、その軍師である荀早の登場も著雍編からになりました。
ちなみに魏軍との交戦自体、25巻からの合従軍編以来。魏軍単体で言えば17巻からの山陽攻略戦以来のことでした。
見た目と性格
荀早の特徴は白目がちな目とギザ歯。深海魚のような顔立ちで、一度見たら忘れません。
性格は飄々としてやる気がなさそう。凱孟に対しても「〜っス」という軽い調子で話します。
ただし、のんびりして見えて視点は常に冷静。敵の弱点を素早く突けるキレ者です。なお戦い自体はあまり好きではない様子が描かれています。
著雍編で何があったか
秦は新たな要所・著雍を奪うため、騰を大将として魏へ侵攻しました。迎え撃つ魏軍の大将は呉鳳明(ごほうめい)です。
呉鳳明の強固な布陣に行き詰まった騰軍は、援軍として玉鳳隊と飛信隊を呼びます。そこで王賁(おうほん)が発案したのが「三軍同日同時刻進軍」でした。
魏軍の布陣にあるわずかな弱点3か所を、主攻の3軍がそれぞれ突破し、3日目の昼に同時に魏軍本陣へ突入するという作戦。
- 録鳴未軍
- 玉鳳隊
- 飛信隊
ところが魏軍には、呉鳳明によって「魏火龍七師」が呼び寄せられていました。飛信隊の前に立ちはだかったのが、そのひとり凱孟——つまり荀早の軍です。
1日目|河了貂を捕らえる
前線から援軍を請われて出陣した荀早。すると凱孟が大声で信を呼び出し、そのまま一騎討ちが始まって現場は混戦になります。
ここで荀早が気づいたのは、飛信隊が混戦の中でも着々と戦略的な形を成していることでした。
つまりどこかで指揮している人間がいる。
荀早はすぐに作戦本部を見つけ、親衛隊を動かして急襲。軍師・河了貂を捕らえました。
ただし本人も、追ってきた羌瘣(きょうかい)に捕らえられてしまいます。
僕はこう読む
荀早の恐ろしさは、「戦場に軍師が出てきている」という一点だけで勝負を決めにいったところだと思います。
普通の軍師なら、混戦を見て「相手はよく統率されている」で終わります。
——荀早はそこから「本部が近い」まで一気に飛んだ。そして見つけ、その日のうちに捕らえた。
飄々として「〜っス」と喋る人物の中身が、ここで一度だけ全部見える場面です。
そして同時に、自分も捕まっている。前に出すぎる軍師という弱点まで、初日で全部見せているわけです。
2日目|人質交換
互いに軍師を取られたため、凱孟軍と飛信隊は人質交換を行うことになりました。
ところが凱孟軍は条件を破り、倍以上の兵力で交換の場に現れます。
「何か仕掛けがあるのか」と聞いた信に対し、荀早はこう答えました。
「まさか。凱孟様だぞ」
その言葉どおり、交換は何事もなく行われます。荀早は「お前のせいでややこしくなった」と小突かれながら、凱孟のもとへ帰っていきました。
3日目|河了貂に敗れる
荀早は、飛信隊の主力である信と羌瘣の位置を把握したうえで、大将の凱孟をエサにして信を誘い込みます。
凱孟が信の相手をしているあいだ、荀早は右翼の羌瘣隊が横撃してくると読み、左に厚みを作って牽制し続けました。
ところが、それこそが飛信隊の策でした。
羌瘣隊は機を見て方向転換し、信たちを残して離脱します。荀早はその方向から、彼らが呉鳳明の本陣へ向かっているのだと気づきました。
しかし、それなら信たちが孤立するだけです。荀早はすかさず全軍で包囲にかかります。
そこへ現れたのが、隣の戦場にいた秦の隆国軍でした。
凱孟軍は一転して撤退を強いられます。気づかれずに接近した隆国軍の凄さもありますが、援軍を招くところまで読めなかった荀早は、戦場を広く使った河了貂に軍師として敗れた形になりました。
僕はこう読む
この3日間の勝敗は、「戦場をどこまでと考えたか」の差だと思っています。
荀早はずっと目の前の戦場を正確に読み続けました。作戦本部の位置も、羌瘣隊の動きも当てています。
——ところが河了貂は、隣の戦場まで盤面に入れていた。
荀早が間違えたのは読みの精度ではなく、盤の大きさのほうです。
そしてこれは、凱孟という自由すぎる大将を抱えた軍師の癖でもあると思います。
目の前を見ていないと、あの人はどこへ行くか分からない。手綱を握り続けた分だけ、視野が近くなった——そう読むと、この敗北がこの二人らしい形に見えてきます。
荀早の強み
- 観察力……相手の戦力や展開を鋭く分析し、弱点を素早く見抜く
- 実行力……見抜いたその日に河了貂を捕らえるほど動きが速い
- 布陣……河了貂が「布陣に隙が無い」と評価している
- 大胆さ……大将の凱孟をエサに使うことすらためらわない
- 守り……凱孟が圧倒的な武力を持つ一方、荀早直下の兵は守りが得意
戦い方はじっくり相手の挙動をうかがうタイプ。敵将の位置や動きを警戒しながら軍を動かしていきます。
凱孟との関係
荀早は凱孟お抱えの軍師——つまり部下にあたりますが、あまりかしこまった関係ではありません。
荀早は凱孟に遠慮なくズバズバ小言を言います。そして凱孟のほうは、こう言って煙たがりました。
「ワシの母のようにうるさい」
つまり二人は親子のようなやり取りをする仲です(もちろん母のほうが荀早)。
荀早が口うるさいのは、凱孟が自由すぎるから。ただし「やれやれ」と呆れる程度で、振り回されている感じはありません。凱孟の性格を把握し、その強さを信頼しているからです。
凱孟は暴れさせ、荀早が軍を動かしてカバーする——これが凱孟軍の阿吽の形になっています。
荀早が捕らわれたとき、凱孟は「河了貂と千金を抱き合わせでも交換する」とまで言いました。荀早なしに凱孟軍は動けないわけです。
実在した人物なのか
荀早はオリジナルキャラクターです。
『キングダム』には史実の人物をモデルにしたキャラクターが多くいますが、魏将は資料が少なく、凱孟を含めてほとんどがオリジナルとされています。
凱孟クラスの名前でなければ、一軍師の名が史料に残ることはまずありません。その分、この独特なキャラクターは作者の裁量で自由に動かせる存在でもあります。
まとめ
荀早(じゅんそう)は死亡していません。著雍編の終わりに凱孟軍とともに撤退しただけです。
3日間の中身を並べると、負け方まで分かります。
- 初登場は第382話。著雍編は35巻〜37巻、アニメは4期12話
- 1日目、混戦の中から作戦本部を見つけて河了貂を捕らえた
- 直後に羌瘣に捕らえられ、2日目に人質交換
- 3日目は凱孟をエサに信を誘い込み、羌瘣隊の横撃に備えた
- 羌瘣隊は離脱して呉鳳明本陣へ向かい、そこへ隆国軍が現れて撤退となった
僕はこう読む
荀早の恐ろしさは、「戦場に軍師が出てきている」という一点だけで勝負を決めにいったところだと思います。
普通の軍師なら、混戦を見て「相手はよく統率されている」で終わります。
荀早はそこから本部の位置まで割り出しました。
3日間の勝敗を分けたのは、戦場をどこまでと考えたかだと思います。荀早は目の前を正確に読み続けました。河了貂は隣の戦場まで数えていた。これを荀早の限界と読むか、河了貂が軍師として一段上がった証と読むかで、著雍編の意味が変わってきます。
——あなたは荀早が河了貂に敗れたことを、荀早の限界だと思いますか。それとも、河了貂が軍師として一段上がった証だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
荀早は382話の初登場から著雍編の3日間に出番が集中しています。生死の混同も多いので順に確認しておきます。
Q. 荀早は死亡しましたか
A. していません。著雍編の終わりに凱孟軍とともに撤退しただけで、討たれてはいません。
Q. 荀早の読み方は何ですか
A. 「じゅんそう」です。魏国・凱孟軍の軍師にあたります。
Q. 初登場は何話ですか
A. 第382話です。著雍編は単行本35巻から37巻、アニメでは4期12話にあたります。
Q. 河了貂とどちらが強いのですか
A. 1日目は荀早が河了貂を捕らえましたが、3日目は隆国軍の援軍を読めず撤退となり、軍師としては河了貂に敗れた形です。
Q. 凱孟との関係はどうなっていますか
A. 部下ですが、遠慮なく小言を言う関係です。凱孟は「ワシの母のようにうるさい」と煙たがりつつ、荀早なしでは軍を動かせません。
Q. 荀早は実在した人物ですか
A. オリジナルキャラクターです。魏将は資料が少なく、凱孟を含めてほとんどが創作されたキャラクターとされています。
紫伯の妹の死紫季歌(しきか)はなぜ死亡したのか?太呂慈に斬られ、紫伯は3人を自ら討ちました!紫伯の妹・紫季歌が太呂慈に斬殺される場面があります。
半日で本陣到達頼りになる録鳴未軍!著雍編で安定した強さを誇った録鳴未軍の活躍ぶりを大紹介!!録鳴未軍が半日で本陣に到達する快進撃が描かれます。
騰を狙う狂戦士著雍編で登場した魏火龍七師とは?魏火龍七師の強さや壮絶な過去を大紹介!!騰を殺しに来た狂戦士・霊凰の正体が紹介されます。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月5日


コメントを残す