崇原の目は、なぜ眼帯なのでしょうか
結論から言うと、戦いの中で左目を失ったためです。もともと眼帯をしていた人物ではありません。飛信隊で戦い続けた結果として、片目を失いました。
崇原(すうげん)は飛信隊の歩兵長です。渕さんや羌瘣ほど名前が挙がる人物ではありませんが、この人がいなければ飛信隊は全滅していた場面があります。この記事では、その働きを見ていきます。
この記事でわかること
- 崇原が眼帯をしている理由
- 初登場と、そのときに言ったこと
- 名前の挙がらない兵が支えているもの(カイの読み)
初登場は、馬陽の戦いでした
崇原が最初に出てくるのは、信たちが馬陽へ出陣するときです。そのとき崇原は伍長を務めていました。
この場面で、崇原は信について印象的なことを言います。武に関してあの隊長は素晴らしい、剣に精通している者ならすぐに分かるという趣旨の言葉です。
まだ信が名を上げる前の段階で、その武を正確に見抜いていました。
僕はこう読む
この一言が、崇原という人物の全部だと思っています。
「剣に精通している者ならすぐ分かる」と言えるのは、自分がそちら側にいるからです。
キングダムでは、強い人物が強い人物を認める場面が何度も出てきます。王騎が信を、龐煖が麃公を。ところが崇原は、将でも副長でもない一兵卒です。
それでも信の武を、名前が出るより前に見抜いている。
この隊には、名前が挙がらない場所にも目のある人間がいる。飛信隊が伸びた理由は、たぶんここにあると読みました。
仲間を守る戦い方をします
尭雲軍と対峙したとき、まだ戦い慣れていない新人が狙われている場面がありました。崇原は逆に敵を囲い、攻めたてて刈り取っています。
この戦いでは敵を中央に集め、羌瘣たちと連携して殲滅しました。敵兵の数はかなりのものでしたが、一人で突っ込むのではなく、仲間と組んで削り切る形です。
趙峩龍軍との戦いでは、攻め時と見て自ら進撃しています。守るだけの人物でもありません。
伍長から歩兵長へ
最初は伍長でした。いまは飛信隊の歩兵長を務めています。
戦っているとき、崇原が見ているのは自分の手柄ではありません。大将である信のことと、隊の仲間のことです。
僕はこう読む
崇原が片目を失ったことは、この作品の一つの答えだと思っています。
キングダムでは、大きな戦のたびに名のある将が死にます。読者はそこに目を奪われます。
その横で、名前の出ない兵は死なずに、少しずつ削られていく。目を失い、傷が増え、それでも次の戦に出る。
死ぬことより、失いながら続けることのほうが長い。崇原の眼帯は、そのことを何も言わずに示しています。
飛信隊が「信の隊」ではなく「隊」として強くなったのは、こういう人が残ったからだと読みました。
まとめ|崇原をどう読むか
- 眼帯をしているのは、戦いの中で左目を失ったため
- 初登場は馬陽の戦い。当時は伍長だった
- 信の武を、名が上がる前の段階で見抜いていた
- 尭雲軍戦では新人を守り、羌瘣たちと連携して敵を殲滅した
- 失いながら続ける側の人物(カイの読み)
飛信隊の話をするとき、信や羌瘣や渕さんの名前が先に出ます。それでも隊が保っているのは、崇原のような人が持ち場を離れないからだと思います。
——あなたは崇原を、どう見ていますか。頼れる兄貴だと思いますか、それとも危うい人だと思いますか。よければコメントで、あなたの読み方を聞かせてください。
よくある質問
Q. 崇原はなぜ眼帯をしているのですか
A. 戦いの中で左目を失ったためです。最初から眼帯をしていた人物ではありません。
Q. 崇原の初登場はいつですか
A. 信たちが馬陽の戦いへ出陣する場面です。当時は伍長を務めていました。
Q. 崇原はいまどの立場ですか
A. 飛信隊の歩兵長です。伍長から上がり、仲間を守る戦い方で隊を支えています。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年8月16日
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