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トリポネ・ルフィンとは何者か?
結論から言うと、トリポネ・ルフィンは船橋学院高校3年のFWで、背番号10のエースです。プレミアリーグ得点王でU-18日本代表、J1横浜Mへの内定も決まっています。
トリポネは、アシトが最初にぶつかった「世界レベル」のストライカーです。ただし最初からエースだったわけではありません。中学2年まで伸び悩み、夏目監督の言葉と、弟サミーの試合をきっかけに変わりました。この記事では、プロフィールを先に並べ、トリポネを変えた出来事と、アシトとの二つの試合を見ていきます。
この記事でわかること
- トリポネのポジション・背番号・進路
- 夏目監督が言った「時間を作り出せる」の意味
- 弟サミーの試合で、トリポネの何が変わったか
- 180話からのエスペリオン戦で、アシトに何が起きたか
- 「敵でも味方でも」という別れの言葉(カイの読み)
トリポネ・ルフィンのプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何者か | 船橋学院高校3年のエースFW。プレミアリーグ得点王 |
| 背番号 | 10 |
| 学年 | 高校3年。アシトの2学年上 |
| 代表 | U-18日本代表 |
| 進路 | J1横浜Mへの内定 |
| 家族 | 2歳下の弟・サミー。同じ船橋学院のDFで右SB |
| 身長 | 作中で数字は明かされていない |
トリポネは外国にルーツを持つ選手で、強いフィジカルと、筋肉の並外れたしなやかさを武器にしています。右でも左でもこなせて、味方を使うこともできるFWです。U-18代表の練習でも、日本の高校年代でトリポネと競り合える選手はいないと言われるほどでした。
夏目監督は、トリポネに何を言ったのか
トリポネは、特待生として船橋学院の中等部に入りました。しかし肌の色などをめぐって、差別のような言葉を昔から受けてきました。その影響で仲間とうまく連携が取れず、中学2年まで伸び悩んでいます。
そのころ、高校の監督である夏目と話す機会がありました。夏目はトリポネに、ゴール前で時間を作り出せるその体は圧倒的に有利だと伝えます。そのうえで、仲間の大切さが分からないなら、それまでだと言いました。
このときのトリポネには、夏目の言葉の意味がまだ分かっていません。意味が分かるのは、弟の試合の日です。
僕はこう読む
夏目の言葉は、才能をほめる言葉と、仲間の話が一つの文の中に並んでいるのがうまいと思っています。
時間を作れる体、というのは個人の才能の話です。でも作った時間は、誰かにボールを渡すか、誰かからのボールを受けるために使うもの。
つまり夏目は最初から、その才能は仲間がいて初めて意味を持つと言っていたのだと読んでいます。当時のトリポネには、その後半が聞こえていませんでした。
弟サミーの試合で、トリポネの何が変わったのか
弟のサミーが、船橋学院中等部の特待生試験として地元のチームと練習試合をしたときのことです。サミーは相手選手から差別的な言葉を浴びせられ、怒って相手を突き飛ばし、試合に出られなくなります。
その試合で、チームメイトはトリポネにこう伝えました。相手のことは許せない、この試合はトリポネのために戦うから、全部お前が決めろ。そして、これまでトリポネが壁を作ってきたのが差別する人間がいるからだとしたら、このチームに仲間をおとしめるやつはいない、と。
仲間がつないでくれたボールを、絶対に外せない。そう思ったとき、トリポネは夏目の言う「時間を作り出せる」の意味を理解します。この試合でトリポネは4得点を挙げました。試合のあと、夏目は相手の監督に「私は選手を守るぞ」と言い返しています。
夏目が言った「時間」の正体は、体の可動域の広さでした。ゴール前で余裕を持って選択肢を探し、力任せではなく体をしならせることで、並の選手では届かない位置からシュートを打てる。トリポネは、仲間の大切さと自分の体の使い方を、同じ試合で手に入れたことになります。
エスペリオン戦で、アシトに何が起きたのか
アシトとトリポネが初めて戦うのは、180話から始まるプレミアリーグ第8節の船橋学院戦です。トップ昇格が決まっている栗林が、ユースで出る最後の試合でもありました。
| 試合 | 起きたこと |
|---|---|
| 第8節(180話から) | マークしていたトリポネに決められ、焦ったアシトがハンドで一発退場。試合は2対2の引き分け |
| 第17節 | 船橋学院が1対0で勝利。アシトはベンチ外、トリポネはケガで欠場。試合のあと二人が言葉を交わす |
第8節のエスペリオンは、プロでも難しいとされる5レーンの戦術で臨み、前半を1対0でリードします。ところが後半、アシトがマークしていたトリポネに得点を許します。力の差を思い知ったアシトは、さらに焦ってプレーが荒くなり、ペナルティエリアの中でハンドを取られて一発退場。船橋学院はそのPKで逆転しました。
ベンチに下がったアシトは、栗林、阿久津、トリポネという突き抜けた3人に届かなかったことを悔やみます。試合は後半44分、阿久津のヘディングで2対2に追いつき、引き分けで終わりました。
「敵でも味方でも」は、何を約束した言葉なのか
第17節の試合のあと、アシトはケガで出られなかったトリポネを見つけて話しかけます。あの試合から守備を一からやり直したけれど、間に合わなかった。今日戦っていても、止められないと分かるのが悔しい。アシトはそう伝えました。
トリポネは、アシトが攻撃と守備のバランスを完全に身につけて仲間と組んできたら、自分の出ない船橋にはなすすべがなかった、と返します。そしてあの試合は本当に楽しかったと言い、「まためぐりあおう。敵でも味方でも」と言い残して去っていきました。
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同じ「まためぐりあおう。敵でも味方でも」という言葉を、青森星蘭の北野蓮もアシトに言っています。
別のチームの、別の天才が、同じ別れの言葉を使う。これは偶然ではなく、アシトを認めた者だけが口にする合言葉として置かれているのだと思っています。
しかもトリポネは、アシトに退場させられるほど勝った側です。勝った側が「楽しかった」と言い、また会おうと言う。勝ち負けより先に、同じ高さで戦える相手を探しているのが、トリポネという選手だと読んでいます。
トリポネのモデルは誰なのか
作中に、トリポネのモデルとなった選手の名前は出てきません。読者のあいだでは、外国にルーツを持つ日本人FWのオナイウ阿道選手の名前が挙がることがありますが、これはあくまでファンの推測です。
まとめ
トリポネ・ルフィンは、船橋学院の背番号10でプレミアリーグ得点王のFWです。夏目監督の言葉と弟の試合で、仲間を使うストライカーに変わりました。
トリポネを読み返すときに、押さえておきたいのは次の5つです。
- 高校3年のFWで背番号10。U-18代表で、J1横浜Mに内定
- 中学2年まで、差別の経験から仲間に壁を作って伸び悩んでいた
- 夏目監督に「時間を作り出せる体」だと言われ、弟サミーの試合でその意味を知る
- 180話からの第8節で、アシトは焦ってハンドで退場。試合は2対2
- 第17節のあと「まためぐりあおう。敵でも味方でも」と言って別れる
僕はこう読む
トリポネの話は、才能があるのに一人で戦っていた選手が、仲間を信じた瞬間に本当の才能を知る話だと思っています。
これは、アシトがこの作品でずっとたどっている道と同じです。
アシトが最初にぶつかった世界レベルの相手が、アシトの少し先を歩いた人でした。だからこそ、あの別れの言葉が効いてきます。
トリポネを変えたのが夏目監督の言葉だったと見るか、仲間の一言だったと見るかで、弟サミーの試合の重さがずいぶん違って見えます。
——あなたはトリポネを変えたのは、夏目監督の言葉だったと思いますか。それとも、サミーの試合での仲間の一言だったと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
トリポネルフィンは、夏目監督と弟サミーの二人を通して描かれる選手です。よく聞かれる点に短く答えておきます。
Q. トリポネ・ルフィンの背番号とポジションは何ですか
A. 船橋学院高校の背番号10で、ポジションはFWです。高校3年生で、プレミアリーグの得点王、U-18日本代表にも選ばれています。
Q. トリポネの弟は誰ですか
A. 2歳下のサミーです。同じ船橋学院に通うDFで、右SBを務めています。中等部の特待生試験の練習試合で差別的な言葉を受けた出来事が、兄トリポネが変わるきっかけになりました。
Q. トリポネはプロになりますか
A. 作中で、J1横浜Mへの内定が決まっています。
Q. アシトとトリポネが戦うのは何話ですか
A. 180話から始まるプレミアリーグ第8節の船橋学院戦です。アシトはトリポネに得点を許したあと、ハンドで一発退場になります。試合は2対2の引き分けでした。
Q. トリポネの身長は何cmですか
A. 作中で数字は明かされていません。数字の代わりに描かれているのは、日本の高校年代で競り合える選手がいないと言われるフィジカルと、体の可動域の広さです。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月25日


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