宮康は死亡したのか
結論から言うと、死亡しています。朱海平原の戦い13日目、尭雲に倒された王賁を救うため、自らを犠牲にしました。
読み方はきゅうこう。そして彼は、もともと王賁への忠誠心があまり無かった人物でした。順に見ていきます。
この記事でわかること
- 13日目に何が起きたか
- 王賁への忠誠心が薄かったこと
- 最期に松琢へ言った言葉
- 相棒・松琢との「誓い」
- 史実に名前がないこと
宮康という武将
- 読み……きゅうこう
- 所属……玉鳳隊の将。関常の側近
- 体格……玉鳳隊随一の巨躯。糸目のおっとりした顔つき
- 得物……柄の先端に巨大な鉄球がついた戦棍
- 初登場……第394話
- 経歴……元は王翦軍。関常とともに著雍の戦いの半年ほど前に玉鳳隊へ転属
口調は「○○っスね」「えー」とゆるく、戦場でもいまいち緊張感がありません。物怖じしないかわりに気迫もない、マイペースな性格です。
ゆるいのに、実力は本物です
戦闘描写は多くありませんが、実績を並べると相当な使い手だと分かります。
- 関常に王賁の護衛を任される信頼を得ている
- 朱海平原で馬南慈の強打を受けても無事だった
- 尭雲の精鋭兵「十槍」のひとりを討っている
- 王翦軍時代には、真っ向勝負が得意な亜光軍にいたこともある
ただし本人は、亜光軍時代を「本当に悪夢だった」と語っています。正面からぶつかり合う戦い方は、あまり好きではないようです。
現在所属する関常隊は機動力が強み。戦闘力に加えて機転も利くタイプでしょう。
そして勘が鋭い。馬南慈の襲来を「いや何かね、嫌な感じがね、さっきからね」と感じ取り、尭雲に襲われた王賁の危機にもいち早く気づいています。戦場での視野が広いのです。
僕はこう読む
ゆるい口調と実績が噛み合っていないのが、この人の面白さだと思っています。
馬南慈の打撃を受けて無事。十槍の一人を討つ。数字だけ見れば一線級です。
それでいて「えー」と言い、緊張感がない。強いことを隠していないのに、態度で軽く見えてしまう。
勘の鋭さも、気迫ではなく「何かね、嫌な感じがね」という言い方で出てきます。
戦場で長く生きてきた人ほど、力むのをやめるのかもしれません。彼のゆるさは、素質ではなく生き残った結果だと思っています。
王賁への忠誠心は、薄かったのです
ここが宮康の最期を重くしています。
王翦軍から玉鳳隊へ移ったといっても、実態は「関常についてきた」という感じでした。王賁に対する忠誠心はあまり感じられません。
朱海平原の戦いで、関常から「何かあったらお前が身代わりになって若を守れ」と命じられたときも、返事は「えー」。乗り気ではない様子を見せています。
朱海平原13日目、王賁を救う
その宮康が、13日目に動きます。
尭雲に倒された王賁を救うため、自らを犠牲にして王賁を守ったのです。
そしてそのとき、相棒の松琢にこう言いました。
「賁様は命を懸けて守るに足るお方だ」
僕はこう読む
この台詞が刺さるのは、言った人が最初は乗り気じゃなかったからです。
「若を守れ」と言われて「えー」と返した男が、最後に「命を懸けて守るに足るお方だ」と言い切っている。
つまり彼は、命令で死んだのではありません。戦のあいだに自分で評価を書き換え、そのうえで飛び込んでいる。
関常についてきただけの男が、王賁のために死んだことになる。この心変わりのほうが、犠牲そのものより重いと思います。
そして遺した言葉が、王賁本人ではなく松琢に向けられているのも効いています。残る相棒に、理由を渡してから死んだのです。
松琢との「誓い」
宮康の相棒といえるのが、同じ玉鳳隊の松琢(しょうたく)です。
二人は付き合いが長く、「兄弟」と呼び合うほどの仲。ともに王翦軍から玉鳳隊へ転属してきましたが、関係はそれ以前からとみられます。信と漂のような幼馴染なのではないかと思わせる深い絆です。
二人とも関常の側近で、関常隊を先導する高い実力を持ちます。それなのにそろってノリがゆるく、戦へのやる気が感じられません。
実は、そこには理由がありました。二人のあいだには誓いのようなものがあったのです。
「熱くなり過ぎずにしぶとく生き残るぞ」
一緒に生き抜くことを何よりの目標にしていたから、前のめりにならないクールな姿勢でいたわけです。
僕はこう読む
この誓いを知ると、13日目の意味がまるで変わります。
宮康は「熱くなり過ぎない」と約束していたのです。二人で生き残るために。
それを自分から破りました。王賁のために飛び込んで、死んでいる。
松琢が泣いたのは、相棒を失ったからだけではないと思います。約束を破られたからでしょう。
そして宮康は、破る前にちゃんと理由を言いました。「賁様は命を懸けて守るに足るお方だ」——これは弁明です。
ゆるく生きようと決めていた二人が、ゆるくいられない相手に出会ってしまった話なのだと思います。
史実に名前はありません
『キングダム』には史実の人物をモデルにしたキャラクターが多く登場しますが、宮康は原先生が生んだオリジナルキャラクターです。
史実に名が残るのは実際に世界を動かした者だけ。宮康のような人物は実在したかもしれませんが、記録には残らないのでしょう。
一方、彼が仕えた玉鳳隊の主・王賁は、秦の中華統一の立役者の一人として史実に名が残る人物です。
つまり宮康は、王賁の活躍をよりリアルに感じさせるために作られた存在ともいえます。
まとめ
宮康(きゅうこう)は死亡しています。朱海平原の戦い13日目、王賁を救うために自らを犠牲にしました。
この人の面白さは、実績と口調が噛み合っていないところにあります。
- 玉鳳隊随一の巨躯。得物は鉄球つきの戦棍
- 初登場は第394話。元は王翦軍で、関常とともに玉鳳隊へ転属
- 馬南慈の強打を受けても無事で、尭雲の精鋭「十槍」の一人を討っている
- もともと王賁への忠誠心は薄く、護衛を命じられても「えー」と返していた
- 最期に松琢へ「賁様は命を懸けて守るに足るお方だ」と言った
僕はこう読む
この台詞が刺さるのは、言った人が最初は乗り気じゃなかったからだと思います。
「若を守れ」と言われて「えー」と返した男が、最後に言い切っている。
つまり彼は、命令で死んだのではありません。
松琢とは「兄弟」と呼び合い、「熱くなり過ぎずにしぶとく生き残るぞ」と誓っていた人でもあります。その誓いを破って死んだことを裏切りと読むか、誓いより大事なものを見つけた結果と読むかで、13日目の重さが変わってきます。
——あなたは宮康が松琢との誓いを破って死んだことを、約束を裏切ったのだと思いますか。それとも、誓いより大事なものを見つけた結果だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
宮康は394話の初登場から朱海平原まで出番が飛びます。玉鳳隊での立ち位置から確認しておきます。
Q. 宮康は死亡しましたか
A. 死亡しています。朱海平原の戦い13日目、尭雲に倒された王賁を救うため自らを犠牲にしました。
Q. なんと読みますか
A. きゅうこう、と読みます。
Q. どこの隊の人ですか
A. 玉鳳隊で、関常の側近です。元は王翦軍で、著雍の戦いの半年ほど前に転属してきました。
Q. 強かったのですか
A. 馬南慈の強打を受けても無事で、尭雲の精鋭兵「十槍」の一人も討っています。
Q. 松琢との関係は
A. 「兄弟」と呼び合う相棒です。「熱くなり過ぎずにしぶとく生き残るぞ」と誓い合っていました。
Q. 実在した人物ですか
A. 史実に名前はありません。オリジナルキャラクターです。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月5日
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