ネテロは、なぜ最後に自爆したのでしょうか
結論から言うと、自分の力では王に勝てないと分かったうえで戦いに臨んでいたからです。心臓には貧者の薔薇が仕込まれていて、負けたときに起動するようになっていました。
アイザック=ネテロはハンター協会の会長を務めた老人です。作中でも最上位の武を持ちながら、最後の戦いでは自分の拳ではない手段で決着をつけました。この記事では、そこに至るまでを見ていきます。
この記事でわかること
- ネテロが自爆を選んだ理由
- 感謝の正拳突きと百式観音がどういう技なのか
- この決着が意味していたもの(カイの読み)
ネテロの強さは、祈りから来ています
若い頃のネテロは、武を極めるために山にこもりました。そこで続けたのが「感謝の正拳突き」です。突きを放つ前に、両手を合わせて祈る。それを繰り返しました。
回数は1日1万回。それを何年も続けています。やがて突きは自分の目にも見えないほど速くなり、音も遅れて届くようになりました。
普通の修行の話ではありません。感謝を捧げる動作そのものが、技になったわけです。
百式観音とゼロの手
ネテロの発が「百式観音」です。祈りの動作に合わせて背後に巨大な観音像が現れ、代わりに攻撃を放ちます。本人が手を合わせるだけで、観音の腕が動く。作中でも屈指の速さを持つ技です。
そして最終形態が「ゼロの手」です。これは百式観音の腕をすべて重ねて放つ、まさに切り札にあたる一撃でした。
僕はこう読む
ネテロの技が「祈り」から始まっているのが、この人物のすべてだと思っています。
強くなりたくて山にこもった男が、たどり着いたのが感謝の動作でした。相手を倒すための構えではなく、何かに礼を言う形です。
それが世界最強の技になった。皮肉ではなく、この作品が「強さ」をどう捉えているかの答えだと思います。
力そのものより、力に向き合う姿勢のほうを描いている。だから最後の戦いで、ネテロは笑っていられたのだと読みました。
メルエムとの戦いで、何が起きたのか
キメラアントの王メルエムとの戦いで、ネテロは持てるものをすべて出します。百式観音を重ね、ゼロの手まで放ちました。
それでも、王は倒れませんでした。致命傷にはならず、ネテロのほうが力尽きていきます。
ここで多くの読者が気づきます。この老人は、勝てないと知ったうえでここに立っていたのだと。
貧者の薔薇とは何か
貧者の薔薇は、極めて強い毒を撒き散らす兵器です。ネテロはそれを自分の心臓に仕込んだ状態で、王の前に立っていました。
心臓が止まれば起動する仕掛けです。つまりネテロが負けた瞬間に発動するようになっていました。
この毒によって王は深く侵され、直接の勝敗とは別のところで決着がついていきます。人類側が用意した最後の手が、一人の老人の胸の中にあったわけです。
僕はこう読む
この決着がきついのは、ネテロが自分の武を信じていなかったことを意味しているからです。
あれだけ鍛えた人が、戦う前から「勝てない」と見積もっていた。そしてその見積もりのほうが正しかった。
作中でネテロは、人間の悪意には限りがないという意味のことを口にします。祈りから始まった男が、最後に頼ったのは兵器でした。
強さを極めた人物が、強さでは足りないと知って死ぬ。キメラアント編がここまで重いのは、この一点があるからだと思っています。
会長としてのネテロ
ネテロはハンター協会の会長として、ハンター試験にも顔を出しています。試験官のような立場ではなく、受験者を面白がって見ている老人でした。
ゴンやキルアと直接やり取りする場面もあり、強さの話ばかりの人物ではありません。その軽さがあるからこそ、最後の決断が際立ちます。
まとめ|ネテロの最期をどう読むか
- 自爆したのは、自分では王に勝てないと分かっていたから
- 心臓に貧者の薔薇を仕込んだ状態で戦いに臨んでいた
- 強さの原点は「感謝の正拳突き」を1日1万回続けた修行
- 発は百式観音。最終形態がゼロの手
- 武を極めた人物が、武では足りないと知って死ぬ話(カイの読み)
祈りから始まった強さが、最後は兵器で終わる。この落差こそが、ネテロという人物の描かれ方だと思います。読み返すと、山にこもっていた場面の意味が変わって見えてきます。
——あなたはネテロの選択を、どう見ましたか。潔いと思いますか、それとも悲しいと思いますか。よければコメントで、あなたの読み方を聞かせてください。
よくある質問
Q. ネテロはなぜ自爆したのですか
A. 自分の力では王に勝てないと分かっていたためです。心臓に貧者の薔薇を仕込んでおり、心臓が止まると起動する仕掛けになっていました。
Q. 感謝の正拳突きとは何ですか
A. 突きの前に両手を合わせて祈る修行です。1日1万回を何年も続けた結果、本人の目にも見えない速さになりました。
Q. 百式観音とゼロの手の違いは何ですか
A. 百式観音は背後に現れる観音像が攻撃を放つ発です。ゼロの手はその腕をすべて重ねて放つ、最終形態にあたる一撃です。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年8月14日
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