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昧広は死亡したのか
結論から言うと、昧広は死亡していません。王弟謀反編で飛信隊に本陣近くまで押し込まれると、すぐに軍を退いて趙へ戻りました。
昧広(まいこう)は、秦の屯留へ攻め込んできた趙の将軍です。出番は短いものの、王弟謀反編の始まりを作った人物でもあります。この記事では、昧広が何をしに来たのか、なぜ戦わずに退いたのかを、出てくる場面の順に見ていきます。
この記事でわかること
- 昧広は死亡したのか、その後どうなったか
- 屯留へ攻め込んだ本当の狙い
- 飛信隊とぶつかって退いた場面
- 強さ(公式ガイドブックの数値)
- 初登場の話数、アニメの声優、史実との関係
昧広のプロフィール
先に基本の情報を並べます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | まいこう |
| 国・立場 | 趙の将軍。2万の兵を率いて秦へ攻め込む |
| 登場する編 | 王弟謀反編(紀元前239年・単行本34〜35巻) |
| 初登場 | 第370話 |
| 生死 | 生存。飛信隊に押されて撤退し、趙へ戻った |
| 公式の数値 | 武力86・指揮力87・知力82 |
| アニメ | 第4シリーズ第2話から。声優は中島卓也さん |
見た目は、太い二股の眉と、鼻の下から顎まで走る傷あとが目印です。戦場でも「ハァイ!」「ぃよォし!」と大きな声を張り上げる、勢いのある将として描かれています。
昧広は、何のために屯留へ来たのか
趙軍が秦の北東の要所・屯留へ攻めてきたのは、合従軍の大戦が終わった直後のことです。趙では李牧が失脚し、国の中が乱れていた時期でした。
昧広は道中の町を落としながら屯留へ進み、捕らえた秦兵の首を斬って晒していきます。ところが、王弟の成蟜が自ら出陣してくると、配下の将校・備角が討たれたところであっさり退いてしまいます。成蟜軍は、半日ほどで趙軍を追い払いました。
この退き方には理由がありました。昧広は、屯留で反乱を起こそうとしていた蒲鶮たちと、裏で通じていたのです。屯留を奪うことより、成蟜を屯留へ呼び出すことのほうが目的でした。
その蒲鶮は、秦の中で大王の陣営と争っていた呂不韋と、裏でつながっていました。つまり昧広の侵攻は、秦の内側の権力争いに、趙の軍が火をつける形になっていたわけです。
僕はこう読む
昧広は、勝つために来た将ではなかったと思っています。
町を落として首を晒すのも、成蟜が出てきたらすぐ退くのも、成蟜を屯留まで引っ張り出すための芝居として読むと筋が通ります。
だから成蟜軍は半日で勝てた。
勝ったつもりの成蟜が城へ入ったところから、王弟謀反編の本当の戦いが始まります。
飛信隊とぶつかって、すぐに退いた
成蟜が屯留城で捕らえられ、「成蟜が反乱を起こした」という知らせが咸陽へ届くと、壁の率いる討伐軍が屯留へ向かいます。
迎え撃ったのは、成蟜を裏切った龍羽が率いる反乱軍でした。昧広はここで再び姿を現し、討伐軍の側面を突こうとします。反乱軍と挟み撃ちにする形です。
ところが、そこへ飛信隊が現れます。昧広軍は数では飛信隊を上回っていましたが、勢いに押されて本陣の近くまで攻め込まれました。危ないと見るや、昧広はすぐに撤退を決めます。
昧広が退いたことで、反乱軍も屯留へ引き返しました。そのあとの屯留城の戦いに、昧広は加わっていません。
僕はこう読む
本陣が危ないと分かった瞬間に退ける将は、意外と多くありません。
昧広にとって、この戦は趙の命運をかけた戦ではなかったからこそ、迷わず引けたのだと思っています。
反乱軍にとっては、頼みの援軍が一番いいところで消えたことになります。
裏で手を組んだ相手でも、最後は自分の国の損得で動く。その割り切りが、昧広を生き残らせました。
昧広の強さは
作中で昧広が大きく戦う場面は多くありません。目安になるのは、公式ガイドブックの数値で武力86・指揮力87・知力82です。
どれも80台後半から80台前半で、突出したところは無いものの、将軍としてしっかり戦える水準です。実際に、討伐軍の横を突く判断や、楔の形で進む用兵も見せています。
強さを見せる前に退いてしまったので、昧広が本気で戦ったらどうなるのかは、作中では分からないままです。
昧広はその後どうなったのか
撤退したあと、昧広は趙へ戻りました。王弟謀反編で退いてからは、作中で戦う場面は描かれていません。
王弟謀反編そのものは、成蟜が35巻377話で死亡し、反乱を起こした蒲鶮と龍羽が討たれて終わります。反乱に加わった者が次々と命を落とすなか、外から来た昧広だけは傷を負わずに帰ったことになります。
昧広は史実にいたのか
昧広という名前は、史実の記録には残っていません。キングダムで作られた人物です。
一方で、王弟謀反編のもとになった出来事は史実にあります。『史記』秦始皇本紀は、紀元前239年に王弟の長安君成蟜が兵を率いて趙を攻め、屯留で反乱を起こして死んだと伝えています。このとき戦った趙の将の名前は記録に無く、キングダムはその空白に昧広を置いたと読めます。
まとめ
昧広は死亡していません。王弟謀反編で屯留へ攻め込み、飛信隊に押されると撤退して、趙へ戻りました。
- 趙の将軍で、初登場は第370話
- 屯留の反乱軍と裏で通じ、成蟜を呼び出した
- 公式の数値は武力86・指揮力87・知力82
- アニメは第4シリーズ第2話から、声優は中島卓也さん
出番は短くても、王弟謀反編は昧広が屯留へ来たところから動き出します。成蟜の死につながる仕掛けの、最初の一手を打った将でした。
僕はこう読む
昧広を調べる人は、たぶん「あの趙の将はどうなったのか」が気になっています。
答えは生存ですが、昧広の役目は、生き死により成蟜を屯留へ呼ぶことにありました。
役目を終えた将が、何事もなかったように引き上げていく。
その軽さが、成蟜の最期の重さをかえって引き立てていると思っています。
王弟謀反編を読み返すときは、昧広の退き方に注目してみてください。最初から勝つつもりが無かったと分かると、成蟜が城へ入る場面の見え方が変わります。
——あなたは昧広を、成蟜をはめた敵の一人だと思いますか、それとも国の命令で動いただけの将だと思いますか。よければコメントで教えてください。
よくある質問
昧広は出番が短いので、生死とその後が分かりにくい人物です。
Q. 昧広は死亡しましたか
A. していません。飛信隊に本陣近くまで押し込まれると撤退し、趙へ戻りました。
Q. 昧広は何話に出てきますか
A. 第370話が初登場です。王弟謀反編(単行本34〜35巻)に出てきます。
Q. 昧広は誰と通じていたのですか
A. 屯留で反乱を起こした蒲鶮たちです。屯留へ攻め込んだのは、成蟜を屯留へ呼び出すためでした。
Q. 昧広の声優は誰ですか
A. 中島卓也さんです。アニメ第4シリーズの第2話から出演しています。
Q. 昧広は実在しますか
A. しません。史実の記録に名前は無く、キングダムで作られた人物です。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年10月1日


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