本ページはプロモーションが含まれています
キングダムの燕はどんな国なのか?
結論から言うと、燕は中華の北にある国で、いまの王は今王喜です。大将軍の劇辛は龐煖に討たれ、合従軍ではオルドが総大将を務めました。史実では紀元前222年に秦に滅ぼされます。
燕は趙と斉に挟まれ、北を山岳地帯に囲まれた国です。王都は薊(けい)。秦と国境を接していないため、キングダムの本編では趙や魏、楚ほど多くは描かれていません。それでも、合従軍や趙との戦い、そして政の過去に、燕の人物は何度も顔を出しています。この記事では、燕の王と太子、将軍たち、作中での燕の動き、そして史実で燕がどう滅びたのかを順に見ていきます。
この記事でわかること
- 燕の王・太子と、政との意外なつながり
- 燕の将軍一覧(楽毅・劇辛・オルドほか)
- 合従軍と趙との戦いで燕がしたこと
- 史実で燕はいつ、どう滅びたのか
- 秦が燕を最後のほうまで残した理由(カイの読み)
燕の王と太子|今王喜と燕丹
作中の燕王は、第四十四代の今王喜(こんおうき)です。登場は少なく、年老いた王として描かれています。
その子が太子の燕丹(えんたん)です。燕丹は、趙に人質として送られていたころ、同じく人質だった政と顔見知りでした。のちに秦王の暗殺を企てる太子が、子どものころの政を知っているという設定です。
燕の歴史でよく語られるのは、今王喜の前の昭王です。斉に攻められて滅亡寸前だった燕で、昭王は家臣の郭隗に国を立て直す策を尋ねます。郭隗は「先ずは郭隗を厚遇することから始める」ように説き、これを聞いて楽毅や劇辛といった人材が燕に集まりました。「先ず隗より始めよ」の故事です。
燕の将軍一覧|楽毅・劇辛・オルド
| 人物 | 立場と結末 |
|---|---|
| 楽毅 | 前の大将軍で「軍神」。滅亡寸前の燕を立て直し、斉への合従軍を率いた。故人 |
| 劇辛 | 大将軍。楽毅と燕を立て直した英雄。趙燕戦争で龐煖との一騎打ちに敗れて討たれる |
| オルド | 大将軍。北の五十の山岳族の王。合従軍で燕軍の総大将を務める |
| ユキイ・オタジ | オルド軍の山岳族出身の将 |
| 仙手備 | 燕の弓の名手。蒼源の息子の仁と淡の話の中で、名前だけ語られる |
劇辛はもとは趙の人で、金目当てで燕に移り住んだ将です。蔡沢からは、趙にいれば三大天の一人になっていたと評されました。楽毅の戦術を人目を気にせず盗んで学び、若いころは「武神」を名乗る者を何人も倒しています。趙燕戦争では李牧の策を見破って本陣まで迫りながら、龐煖に「偽者」と言い捨てられて討たれました。
オルドは、血筋は平地の民ですが、山岳地で生まれ育った将です。山岳族も舌を巻く「山読み」の技を持ち、闊達で少し子どもっぽい性格に描かれています。
僕はこう読む
燕の将軍は、楽毅も劇辛も、よその国から来た人たちでした。
そしていまの大将軍オルドは、平地の血を引く山の王です。
燕は、自分の国の中から大将軍を育てられなかった国として描かれていると思っています。
人を集めて強くなった国は、人がいなくなると一気に弱る。昭王の時代の輝きが、そのまま今の燕の影になっています。
作中の燕の動き|合従軍と趙東部への侵攻
燕が本編で大きく動いたのは、二つの場面です。
一つ目は合従軍です。オルドは燕軍の総大将として、函谷関の脇の山で秦の王翦と向き合いました。15日目には王翦軍がこもる山の要塞を落としますが、その後は王翦の策を読み切れず、函谷関の裏手を救いに走った王翦を止められませんでした。これが合従軍の函谷関突破失敗につながっています。
二つ目は、秦が鄴へ攻め込む直前の始皇十一年です。オルドはそのすきを突いて趙の東部に攻め込み、猛威を振るいました。ところが青歌に攻め入ったことで司馬尚に迎え撃たれ、さらに趙軍が燕に攻め込んだと聞いて、兵を引いています。
| 場面 | 燕の動き |
|---|---|
| 趙燕戦争 | 劇辛が李牧・龐煖の趙軍を迎え撃つが、龐煖に討たれる |
| 合従軍 | オルドが総大将として王翦と戦い、函谷関を抜けないまま終わる |
| 始皇十一年 | オルドが趙東部に侵攻。青歌で司馬尚に迎え撃たれて撤退 |
史実の燕はどう滅びたのか|荊軻から紀元前222年まで
史記の秦始皇本紀には、燕の最期がはっきり書かれています。作中の燕丹は、史実では太子丹として秦王の暗殺を企てた人物です。
| 年(紀元前) | 出来事 |
|---|---|
| 227年 | 秦の兵が迫るのを恐れた太子丹が、荊軻に秦王を刺させようとして失敗する |
| 226年 | 王翦らが燕を攻め、王都の薊を落とす。太子丹は追われ、首が秦に届く |
| 222年 | 王賁が遼東を攻め、燕王喜を捕らえて燕が滅ぶ |
太子丹を衍水まで追い詰めたのは、信のモデルの李信です。この手柄で李信は秦王に目をかけられ、楚攻めを任されることになります。
僕はこう読む
燕丹が政の顔見知りとして描かれているのは、この先のための仕込みだと思っています。
史実の太子丹は、刺客を送って政を殺そうとした人です。
子どものころの政を知る者が、王になった政を殺しに来る。
キングダムがこの場面をどう描くかで、政という王がもう一度試されることになると読んでいます。
まとめ|燕は人を集めて栄え、北で最後まで残る国
燕は中華の北の国で、いまの王は今王喜、太子は政と顔見知りの燕丹です。大将軍の劇辛は龐煖に討たれ、合従軍ではオルドが総大将を務めました。
押さえておきたい点を並べます。
- 王都は薊。作中の燕王は第四十四代の今王喜
- 太子の燕丹は、趙の人質時代に政と顔見知り
- 楽毅と劇辛は昭王の時代に集まった将。劇辛は龐煖に討たれた
- オルドは合従軍の総大将。始皇十一年には趙東部に攻め込んだ
- 史実では前227年に荊軻の暗殺未遂、前222年に燕王喜が捕らえられて滅亡
僕はこう読む
燕は、秦にとって遠い国です。だから本編ではまだ脇役にとどまっています。
けれど史実の燕は、刺客という一番生々しい手段で秦に牙をむいた国でした。
燕の本当の出番は、戦場ではなく政の目の前にやって来るのだと僕は見ています。
燕を「趙と斉のあいだの目立たない国」と見るか、「政の命をじかに狙いに来る国」と見るかで、この先の燕の描かれ方の楽しみ方はずいぶん違ってきます。
——あなたは燕を、目立たない北の国だと思いますか。それとも、政の命を狙いに来る国だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
「燕の将軍は誰か」「燕はいつ滅びるのか」を確かめに来る人が多いので、オルドと太子丹を中心に短く答えます。
Q. キングダムの燕王は誰ですか?
A. 第四十四代の今王喜です。太子は燕丹で、趙の人質時代に政と顔見知りでした。
Q. 燕の将軍は誰がいますか?
A. 大将軍のオルドと劇辛、前の大将軍の楽毅です。劇辛は龐煖に討たれ、楽毅はすでに亡くなっています。
Q. 合従軍の燕の総大将は誰ですか?
A. オルドです。函谷関の脇の山で王翦と戦い、王翦の策を読み切れないまま終わりました。
Q. 燕はいつ滅亡しますか?
A. 史実では紀元前222年です。王賁が遼東を攻め、燕王喜を捕らえました。作中ではまだ描かれていません。
Q. 荊軻の暗殺未遂は史実ですか?
A. 史実です。紀元前227年、太子丹が荊軻に秦王を刺させようとして失敗したと史記にあります。
毐国やオルドの話です。項翼も、韓の武将たちも、史実の楽毅もその先に。
項翼の一騎打ち項翼は死亡したのか?していません。1万5千を率いる将軍に出世し、騰と引き分けました!仇討ちに挑んで倒れなかった側です。そのあと将軍に上がりました
韓の将たち韓の武将は誰なのか?成恢・洛亜完・博王谷の最期と、77巻で滅んだ韓の結末!燕と同じく秦と戦った韓の、成恢や洛亜完の戦いです。
燕の軍神楽毅楽毅(がくき)とは何者なのか?斉の70余城を落とした燕の軍神で、諸葛孔明の手本!楽毅は恵王に追われたあとどう生きたのでしょうか。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月26日


コメントを残す