縛虎申はなぜ目が見えないのか?
結論から言うと、縛虎申の目が見えないのは、黄離弦の矢を心臓に受けたあとだからです。それでも丘の頂上まで登り、副将の宮元を討ち取りました。
もともと目が見えない人物ではありません。最期の場面だけの状態です。
名前はばくこしんと読みます。ばっこしんと読まれることが多いのですが、公式の表記はばくこしんです。
この記事でわかること
- いつ、なぜ目が見えなくなったのか
- 見えないまま宮元を討ち取った方法
- 読みはばくこしんだということ
- 特攻好きと言われていた理由
- 実は冷静だった、もう一つの顔
- 信の戦い方に残したもの
先に結論だけ
| なぜ目が見えないのか | 心臓に矢を受けたあとだから |
| 射たのは | 魏の矢の名手・黄離弦 |
| もとから盲目か | 違います。最期の場面だけです |
| 見えないまま何をしたか | 宮元を掴んで首を斬った |
| 読み方 | ばくこしん |
| どの戦いか | 蛇甘平原(だかんへいげん)の戦い |
視力を失ったのは、矢を受けたあとです
丘を奪うため、縛虎申は騎馬隊の先頭に立って敵陣へ突撃しました。
ところが魏軍に矢で応戦され、多くの味方を失います。
そして縛虎申自身も、魏の矢の名手である黄離弦の矢を心臓に受けてしまいました。
それでも縛虎申は止まりません。
このとき、すでに騎馬隊員と化していた信が縛虎申の前へ走り出ます。黄離弦の矢を見切って剣で跳ね返し、そのまま黄離弦を討ち取って縛虎申を守りました。
ほかの騎馬隊も頂上に辿り着き、縛虎申も辿り着きます。
ただし、そのときには既に視力を失っていました。
見えないまま、宮元を討ち取ります
丘を守っていたのは、魏軍副将の宮元でした。
宮元は自ら剣で縛虎申を貫きます。
ところが、目の見えない縛虎申は、自ら近づいてきてくれた宮元を掴みました。
そのまま首を斬り、見事に討ち取ったのです。
自分の命と引き換えに、敵の副将を討ち、丘を奪う。これが縛虎申のあげた、戦一番の手柄でした。
僕はこう読む
目が見えなくなったことが、そのまま勝ち筋になっているところが凄いと思っています。宮元は、勝ったと思って自分から近づきました。相手が見えていないのだから、当然の判断です。ですが見えないということは、避ける気がないということでもありました。剣で貫かれることを受け入れて、その距離を取りにいっている。視力を失った瞬間に、この人の戦い方は掴んで放さないものに切り替わっていた。刺した側が捕まる形になっていて、最期まで理屈が通っています。
この戦いは、信の初陣でした
紀元前245年、信はついに初陣を迎えます。
秦が魏の要所である滎陽を攻略する戦いでした。魏も徹底抗戦の構えを見せ、双方15万規模というこの年最大の戦いになります。
秦軍の総大将は大将軍の麃公、魏軍は同じく大将軍の呉慶です。
攻撃を仕掛けたのは秦でしたが、呉慶は滎陽を討って出ました。中華一を豪語する騎馬戦車隊が最も活きる平地を、戦場にするためです。
こうして両軍が激突したのが蛇甘平原(だかんへいげん)でした。
ここで信は、のちに飛信隊の主力となる尾平、尾到、羌瘣、澤さん、沛浪、田有、中鉄と出会います。
そしてその全員が所属したのが、第四軍を率いる千人将、縛虎申の部隊でした。
特攻好きの、イカれた将
縛虎申は、あまり評判のよい千人将ではありませんでした。
気性が荒く、口答えする歩兵を容赦なく斬り捨てる場面もあります。
士気を高めて全員でがんばろう、というタイプではありません。歩兵は戦の全容など知る必要はなく、ただ上官に従って戦えばよい。完全な俺様系です。
そして縛虎申の部隊は、毎回大勢が死にます。とにかく特攻好きで、無謀な攻めを躊躇なく実行するからです。
特攻好きのイカれた将。それが歩兵たちの共通認識でした。
壁と、正反対でした
縛虎申と対照的だったのが壁です。壁もこの戦いに千人将として参戦していました。
俺様系の縛虎申に対して、壁は皆で力を合わせようという生真面目なタイプです。
口答えした歩兵を斬りつけた縛虎申を、壁はこう諌めました。
これから最前線で命をはってもらう大事な兵を、むやみに傷つけるな。
歩兵を「大事な兵」と呼んだのです。聞いた側は嬉しかったでしょう。
澤さんの伍は、一時は壁の隊に組み込まれるはずでした。ところが振り分け係が人数を数え間違え、結局は縛虎申隊に入ってしまいます。
残念すぎる表情を浮かべる尾平と尾到。しかも隊の最前列に配置されました。
嘔吐する尾平とは対照的に、信は最前列で隊を率いている気分になれて上機嫌だったようです。
麃公を信じ、駒に徹する
蛇甘平原の戦いは、圧倒的に魏軍有利で始まりました。
先に到着していた魏軍が、すべての丘を占拠していたのです。高い場所からの攻撃が有利なのは当然で、秦軍は丘を奪わなければ勝ち目がありません。
信の所属する第四軍は、交戦中だった第二軍を助けて丘の奪取に向かいます。その時点で第二軍は、すでに半数以上を失っていました。
信は先陣を切って魏の防衛陣に突っ込み、突破口を開きます。信ひとりの活躍で、流れは完全に秦軍へ傾きました。
ところが、中華最強を誇る魏軍戦車隊が現れます。秦兵は次々に蹂躙されました。
この状況でも、総大将の麃公は歩兵に援軍を送りません。
縛虎申は、自軍の歩兵が大勢殺されていくのを、ただ眺めていました。麃公が待機を命じる限り、何があっても待機を続けたのです。
同じ千人将の壁が、業を煮やして様子を見に行こうとしたのを制止するほどでした。
あの方ほど戦に強い将を、他に知らぬ。
縛虎申にとって、麃公の命令がすべてでした。駒のように動けば必ず勝てる。それほど信頼していたのです。
実は、冷静に分析していました
毎回多くの兵が死ぬ戦い方をする人物です。ですが、冷静に状況を分析する能力も持っていました。
今まで待機を命じ続けた麃公が、なぜ突然、第四軍歩兵に合流するよう命じたのか。
合流した縛虎申は、第四軍歩兵が戦車隊を退けていたことに気づきます。そして麃公将軍を動かしたのは彼らだと察しました。
さらに、その第四軍を率いていたのが信だということまで見抜きます。
部下が「歩兵である信が騎馬に乗っている」と報告しても、縛虎申は放っておけと言うだけでした。
本来、歩兵が馬に乗るなどあり得ません。普通なら「歩兵の分際で」となるところです。
それでも縛虎申は、実質的に歩兵を率いていた信を、このまま騎馬に乗せたほうが隊のためになると考えたのでしょう。
そして麃公が合流を命じた真意にも気づいていました。このまま丘を奪い、苦戦している戦況を覆すことです。
縛虎申隊の生き残りは百人程度。その少人数で丘を奪うため、自ら先頭に立って突撃しました。
この将は、味方が大勢殺されたときほど無茶をする傾向があります。犠牲が多くなるほど、その死を無駄にしたくないのでしょう。
四十六人になっても、恩賞を約束する
百人ほどで突っ込んだ縛虎申は、魏の大軍をなんとか抜けて丘の真下に到着します。
ですがその数は、四十六人にまで減っていました。
縛虎申は残った兵に、丘の奪取に成功すれば普段の十倍の恩賞を約束します。
その一言で火がついた歩兵たちは、疲れが吹き飛んだように奮い立ちました。
もっとも、いざ突撃すればすぐ後悔したでしょう。敵の数は意外に多く、スピード勝負のため騎馬隊は歩兵の足に合わせず進みます。離されすぎると、前後から挟み撃ちにされてしまうのです。
犬死にではない
丘の頂上で、宮元は麃公や縛虎申の戦い方を運頼みの戦い方だと言い、味方を大勢犬死にさせただけだと表現しました。
縛虎申はこう言い返します。
犬死にではない。奴ら全員の骸の橋を渡って、おれはここまで来たのだ。
仲間がここまで連れてきてくれたのだ、という言い方でした。
勇猛と無謀は違う
宮元を討ち取り丘を奪った縛虎申隊でしたが、いかんせん少数での奇襲です。
遅れて到着した歩兵を合わせても、丘を守りきれる数ではありませんでした。
丘下から魏軍が迫ります。側近たちは下山を選びました。
ここで信が大反対します。何のために丘を奪ったのか。どれほどの犠牲を払ったのか。下山すれば全てが無駄になる、と。
ですが、麃公の意図を誰より早く理解していた縛虎申が口を開きます。
信、勇猛と無謀は違う。そこをはき違えると早く死ぬ。
そして皆と共に丘を下るよう命じました。最期まで男らしい将でした。
僕はこう読む
この台詞を、いちばん無謀に見えた人が言うところに意味があると思っています。縛虎申は百人で突っ込み、四十六人まで減らし、自分も矢を受けました。外から見れば無謀そのものです。ですが本人のなかでは、麃公の意図を読み、丘を取る価値を計算したうえでの勇猛でした。そして取ったあと、守れないと分かれば即座に下ろします。取る判断と退く判断を同じ速さで出せる人が、無謀に見えていただけだった。信が学んだのは突撃の仕方ではなく、この線引きのほうだと読みました。
信の戦い方に残ったもの
丘を取った縛虎申隊のあと、隣の丘に本陣を構えていた魏軍総大将の呉慶が本軍を率いて下山し、そこへ麃公も全軍で突撃します。
両総大将の一騎打ちとなり、武力に勝る麃公が呉慶を破って秦軍の勝利が確定しました。
兵の疲れもあり滎陽の攻略は断念しますが、魏軍大将軍の呉慶の死は魏に大打撃となります。大将軍は、一国に数人しかいない存在です。
この戦いで一気に百人将まで出世した信ですが、縛虎申の戦い方から学ぶものは多かったはずです。
- 的確な状況判断
- 指示の意図をくみ取る能力
- 隊の先頭に立つ勇気
- 仲間に無駄死になどさせないという信念
- 何より、勝利に対して貪欲だったこと
百人将になり部下を持ったあとの信の戦い方には、縛虎申と似た部分が多くあります。
仲間を思い、隊の先頭に立ち、少数でも臆さず敵陣に突っ込む。元々そういう気質でもあるのでしょうが、初陣で体験した戦い方の影響もあったのかもしれません。
まとめ|縛虎申をどう読むか
縛虎申の目が見えなくなったのは、黄離弦の矢を心臓に受けたあとです。もとから盲目ではありません。
経緯を並べます。
- 目が見えないのは黄離弦の矢を心臓に受けたあと。もとからではない
- 見えないまま宮元を掴んで首を斬った
- 読みはばくこしん
- 舞台は信の初陣、蛇甘平原(だかんへいげん)の戦い
- 特攻好きと言われたが、実は冷静に状況を読んでいた
- 百人で突撃し、丘の下では四十六人まで減っていた
- 最期の言葉は勇猛と無謀は違う
僕はこう読む
目が見えなくなったことが、そのまま勝ち筋になっているところが凄いと思っています。
宮元は勝ったと思って自分から近づきました。相手が見えていないのだから、当然の判断です。
ですが見えないということは、避ける気がないということでもありました。
剣で貫かれることを受け入れて、その距離を取りにいっている。刺した側が捕まる形になっていて、最期まで理屈が通っています。この将を特攻好きのイカれた千人将と読むか、最期まで計算していた将と読むかで、あの一撃の意味が変わってきます。
——あなたは縛虎申の最期を、特攻好きの将が無謀に散った場面だと思いますか。それとも、見えないことを勝ち筋に変えた計算だと思いますか。よければコメントで教えてください。
よくある質問
縛虎申は最期の場面だけ目が見えないので、もとから盲目だと誤解されがちです。細かい点を拾っておきます。
Q. 縛虎申はなぜ目が見えないのですか?
A. 魏の矢の名手である黄離弦の矢を心臓に受けたあと、丘の頂上に辿り着いた時点で視力を失っていました。もともと目が見えない人物ではありません。
Q. 見えないのに、どうやって宮元を倒したのですか?
A. 宮元が自ら剣で貫きに近づいてきたところを掴み、そのまま首を斬りました。自分の命と引き換えに、敵の副将を討ち取っています。
Q. 縛虎申の読み方は何ですか?
A. ばくこしんです。ばっこしんと読まれることが多いのですが、公式の表記はばくこしんになります。
Q. どの戦いに出てくるのですか?
A. 信の初陣である蛇甘平原(だかんへいげん)の戦いです。信をはじめ、尾平・尾到・羌瘣・澤さんらが所属した第四軍の千人将でした。
Q. なぜ味方が死んでも待機していたのですか?
A. 麃公の命令を絶対のものとしていたからです。「あの方ほど戦に強い将を他に知らぬ」と語り、駒として動けば必ず勝てると信じていました。
Q. 最期の言葉は何ですか?
A. 「信、勇猛と無謀は違う。そこをはき違えると早く死ぬ」です。丘を守りきれないと判断し、皆と共に下山するよう命じました。
この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。 → 運営者情報
最終更新:2026年9月6日
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