信の初陣はどの戦いなのか
結論から言うと、信の初陣は紀元前245年の「蛇甘平原(だかんへいげん)の戦い」です。単行本5巻48話「募集」から7巻73話「帰国」までにあたります。
この一戦で、信は一兵卒から一気に百人将まで昇進しました。
この記事でわかること
- 蛇甘平原の戦いの規模と、両軍の総大将
- 信が「売れ残り」になった理由
- 澤さんが「伝説の伍長」と呼ばれるわけ
- 縛虎申の丘奪取と、その最期
- 王騎が戦場に現れた理由
- 呉慶(ごけい)が一騎打ちを選んだ理由
どんな戦いだったのか
『キングダム』で最初に描かれる大規模な会戦であり、秦が魏の重要拠点滎陽を攻略するために起こした戦いです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 収録 | 5巻48話「募集」〜7巻73話「帰国」 |
| 時期 | 紀元前245年 |
| 秦軍 | 総大将 麃公(ひょうこう)/15万 |
| 魏軍 | 総大将 呉慶(信陵君の食客頭)/15万 |
| 規模 | 合計30万。その年の中華で最大規模 |
厳密に言えば、信はこの前に朱凶と斬り合い、成蟜(せいきょう)の反乱鎮圧にも加わっています。命のやりとりは経験済みでした。それでも「初陣」と呼ばれるのは、軍に入って戦に出たのがここが最初だからです。
いきなり最前線に回された
秦軍は滎陽を攻める前に軍を整えるため、第一・第二軍が最前線の亜水へ入城します。
信たちの第四軍が向かうことになったのは丸城。城主は「星眼の黒龍」黒剛で、激戦区に喜んで身を投じる戦好きとして知られる将でした。最前線の亜水を除けば、誰もが避けたい配属先です。
ところがここで一報が届きます。丸城はあっさり呉慶に落とされ、黒剛は首を取られた。
行き先を失った第四軍は、そのまま亜水=最前線へ回されることになりました。
売れ残りだった信と羌瘣
当時の中華の歩兵は五人一組の「伍」で戦うのが基本でした。リーダーを伍長といい、一兵卒から最初に上がる位です。
伍長は強い歩兵を勧誘しようと必死になります。強い伍のほうが生き残りやすく、武功も報奨も増えるからです。歩兵の側も、頼れる伍長についたほうが得になります。
この戦いで人気だったのが、のちに飛信隊となる田有や中鉄でした。尾平・尾到も同様です。
一方、まだ実力を知られていない信と羌瘣(きょうかい)はどの伍長からも声がかからず、完全に売れ残りになります。
その売れ残りを引き受けたのが澤さん——こちらも見るからに頼りなく、人気のない伍長でした。引き受けたというより、組む相手が他にいなかったというのが実情です。
澤さんは「伝説の伍長」だった
ところがこの澤さん、ただの人ではありませんでした。
澤さんの伍からは、これまで一人も死者が出ていないのです。だから後に「伝説の伍長」と呼ばれることになります。
この戦いで澤さんの伍が配属されたのは、縛虎申千人将の隊。毎回多くの歩兵が命を落とすと評判の、特攻好きな将の隊でした。
実際、縛虎申隊は無謀な突撃を繰り返し、千人いた隊が最終的に数十人まで減ります。
それでもその数十人の中に、澤さんの伍は全員が入っていました。
僕はこう読む
この戦いの構図が見事なのは、信が「一番弱い場所」に置かれていることだと思います。
売れ残りが集まった伍、人気のない伍長、そして特攻好きの千人隊。三重に不利です。
——ところが結果として、この配置がなければ信は前に出られませんでした。
強い伍長に拾われていたら、指示どおりに動く一兵卒で終わっていたはずです。
澤さんが頼りない人だったから、羌瘣の策も、信の突撃も、通った。
飛信隊が「名もなき者の集まり」として始まるのは、ここからだと思っています。
最弱の伍が戦況を動かす
戦いが始まると、信は単身で敵陣に突撃します。魏軍の防衛陣に内側から穴を開け、味方の入り口を作りました。
そこへなだれ込む秦軍。さらに信は防衛の指揮官まで討ち取ります。序盤の流れは秦に傾きました。
残る澤さん・尾平・尾到は、三人がかりで一人を相手にする戦法で耐えます。弱い者が強者に勝つための、地味だが理にかなったやり方でした。
魏の騎馬戦車隊
そこへ中華最強と謳われる魏の騎馬戦車隊が現れます。秦の歩兵は瞬く間に蹂躙され、打つ手がありません。
ここで姿を見せたのが羌瘣でした。提案した策は死体や盾を積み上げて戦車の突進を止めるというもの。
澤さんはこれを名案と判断し、全員に呼びかけます。「死体を積み上げて防壁を作ってください!」
防壁は当たりました。ただし防げるだけで、倒せません。このままではいずれ全滅です。
そこで信が、羌瘣の助言を受けて戦車の車輪に槍を投げつけます。戦車そのものが破壊されました。
これを機に他の歩兵も車輪を狙い始め、戦車隊は次々に潰れていきます。
この働きが麃公を動かしました。第四騎馬隊が歩兵の戦場に合流し、さらに全騎馬隊までが集まってきたのです。
縛虎申の丘奪取
縛虎申は気性が荒く、しつこく状況を聞いてきた部下をその場で斬りつけるような将でした。注意してきた同じ千人将の壁や尚鹿にも噛みつきます。
ただし麃公だけは心から信じていました。崇拝に近い信頼です。
「あの方ほど戦に強い将を他に知らぬ」
麃公の指示が絶対で、自分は駒の一つにすぎない。目の前で味方が大勢殺されようと、指示があるまで一切動かない——動こうとした壁を止めるほどでした。
戦車隊が退けられると、ようやく麃公から号令が下ります。歩兵に合流し、魏軍が占拠している丘を奪え。
意図を汲んだ縛虎申は、生き残り百人足らずを率いて突撃しました。丘の真下に着いた時点で、残っていたのは46人です。
その人数で丘を駆け上がります。途中、矢の名手黄離弦(こうりげん)の矢を心臓に受けながら、信の助けもあって頂上へ到達。視力を失った状態で、敵副将の宮元を討ち取りました。
そして部下に肩を担がれて下山する途中、息を引き取ります。
僕はこう読む
縛虎申は、仲間を大勢失ったときほど無茶をする将でした。
最初は身勝手な俺様系に見えます。部下を斬りつけ、味方の千人将に噛みつくのですから。
——でも丘を駆け上がる場面で意味が反転します。死んだ仲間を犬死ににしないために無茶をしていたのだと分かる。
「死んだ仲間が自分をここまで連れてきた」——そういう理屈で動く人だったわけです。
心臓に矢が刺さり、視力を失ってなお宮元を討つ。ここは初陣編でいちばん重い場面だと思っています。
そして信は、この一部始終をすぐ隣で見ていました。
王騎が現れる
丘を降りようとしたとき、丘下に魏の大軍が迫っていました。別の丘に本陣を敷いていた総大将・呉慶が、全軍を率いて進軍してきたのです。
絶体絶命——そこで壁がある人物を見つけます。
王騎将軍でした。
王騎は部下とともに丘を降り、宮元軍を蹴散らしながら信たちの丘へ駆け上がってきます。
理由を聞かれた王騎の答えは、こうでした。麃公と呉慶の戦いを間近で見たかった。
許可なく戦に加わるのは罪に問われます。しかし見学しに来ただけで、途中の邪魔者を排除しただけという理屈です。騰は真顔で言いました。
「完璧な言い訳です!」
それでも王騎の存在感は別格でした。魏軍総大将の呉慶が、王騎に対する防御陣を敷き始めたのです。
王騎は昌文君から信のことを聞いていました。「期待はずれ」と言われていた信に、王騎は「将軍」という存在について語ります。初陣の一兵卒に対して、です。
朱鬼と麻鬼
王騎の話で「将軍」という存在の大きさを知った信は、馬を一頭借りて戦場へ戻ります。敵の総大将を目の前にして、うずいていたからです。
そこで見つけたのが朱鬼と麻鬼。二身一体の攻撃で数々の将を討ってきた「将狩り」と呼ばれる二人でした。
大将軍を夢見る信は、名のある将だと見抜いて単身で突撃します。
ところが麻鬼一人にも苦戦しました。ただし麻鬼のほうにも焦りが出て、剣が雑になります。
信はそこを見逃さず、麻鬼の頭上高く飛び上がって一刀両断。そして信に気を取られた朱鬼は、正面から突撃してきた麃公にあっさり斬られました。
呉慶はなぜ一騎打ちを選んだのか
呉慶は九つの槍壁からなる「九重槍壁」を敷き、王騎に備えます。そこへ横から麃公が突っ込みました。
呉慶はすぐ防壁を動かしますが、麃公の突破力は想像の遥か上で、壁はいとも簡単にこじ開けられます。
それでも呉慶は慌てません。彼は信陵君の智嚢と呼ばれ、軍略の才は魏国随一。先陣を駆ける武勇も持っていました。しかも兵の数は秦の倍以上残っています。軍略で流れを戻すことは十分に可能でした。
それなのに呉慶は笑い、叫びます。
「これだからやめられんのだ、戦争は!」
そして馬に乗り、麃公の前へ出ました。30万規模の戦いで、総大将同士が一騎打ちに及ぶ——ありえない光景です。
理由は故郷にあった
呉慶はもともと小国「甲」の王族でした。甲は彼が子供の頃に滅ぼされ、側近とともに何とか生き延びたのです。
その後、魏の信陵君に認められて食客頭まで成り上がりました。魏は完全に第二の故郷です。
しかし城が燃える光景を、今もはっきり覚えていました。
そして今、その第二の故郷に侵略者である秦が攻め込んでいる。侵略者を絶対に許さず、絶対に引かない——それが呉慶の信念でした。
ただし一騎打ちでは、麃公に勝てません。将としては引くべき場面でした。総大将が敗れれば、戦そのものに負けるからです。
私情を優先した結果、呉慶は麃公の矛の前に敗れ、魏軍の敗北が決まりました。ただし滎陽を奪うところまではいっていません。
この戦いで信が得たもの
- 百人将への昇進……一兵卒から一気に
- 王騎との初対面……「将軍」という存在を教えられた
- 麃公との出会い……のちに盾を託される相手
- 仲間……田有、沛浪ら、飛信隊の土台になる面々
飛信隊のすべての始まりが、この蛇甘平原の戦いです。『キングダム』を読み返すとき、ここに戻ってくる人が多いのはそのためだと思います。
まとめ
信の初陣は、紀元前245年の蛇甘平原(だかんへいげん)の戦いです。5巻48話「募集」から7巻73話「帰国」にあたります。
その戦いの中身を並べます。
- 秦15万・総大将 麃公 対 魏15万・総大将 呉慶。その年最大規模の戦い
- 信と羌瘣はどの伍長からも勧誘されず売れ残った
- 引き受けた澤さんは、伍から死者を出したことがない伝説の伍長
- 信は単身突撃で防衛陣に穴を開け、指揮官を討ち取った
- 縛虎申は生き残り46人で丘を駆け上がり、宮元を討って絶命した
僕はこう読む
この戦いの構図が見事なのは、信が「一番弱い場所」に置かれていることだと思います。
売れ残りが集まった伍、人気のない伍長、そして特攻好きの千人隊。三重に不利です。
ところがその配置がなければ、信が目立つ場面は生まれませんでした。
縛虎申も、最初は身勝手な俺様系に見えます。部下を斬りつけ、味方に噛みつく。それが丘を駆け上がる場面で反転します。あの人をただの無茶な将と読むか、仲間を失うほど無茶をする人と読むかで、初陣の後味が変わってきます。
——あなたは縛虎申という将を、ただ無茶をする身勝手な人だと思いますか。それとも、仲間を失うほど無茶をしてしまう人だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
信の初陣は蛇甘平原ですが、収録巻が5巻から7巻にまたがります。順を追って確認しておきます。
Q. 信の初陣は何巻の何話ですか
A. 蛇甘平原の戦いで、単行本5巻48話「募集」から7巻73話「帰国」までです。
Q. 蛇甘平原の戦いはいつの出来事ですか
A. 紀元前245年です。秦15万対魏15万で、その年の中華で最大規模の戦いでした。
Q. 両軍の総大将は誰ですか
A. 秦は麃公大将軍、魏は信陵君の食客頭だった呉慶大将軍です。
Q. 信はこの戦いで何になりましたか
A. 一兵卒から一気に百人将まで昇進しました。
Q. 澤さんが伝説の伍長と呼ばれるのはなぜですか
A. 彼の伍からは一人も死者が出ていないためです。千人が数十人まで減った縛虎申隊の中でも、伍は全員生き残りました。
Q. 王騎はなぜ戦場に来たのですか
A. 麃公と呉慶の戦いを間近で見たかったからです。騰はこれを「完璧な言い訳です」と評しました。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月5日


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