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悼襄王の性癖とは何なのか
結論から言うと、悼襄王の性癖は美少年を身の回りに置くことです。裸の少年たちを大きな風呂に侍らせる場面が繰り返し描かれ、登場シーンのほとんどが浴室になっています。
趙の王でありながら、民のことも戦のことも考えていない王として描かれる人物です。李牧が増援を求めて謁見しても、関心は自分の快楽に向いたままでした。ただしこの趣味は、作者が悪役らしさのために足した設定ではありません。
この記事でわかること
- 風呂のシーンで何が描かれているか
- その趣味に史実の裏づけがあること
- なぜ国を捨てて快楽に走ったのか(カイの読み)
風呂の場面で描かれていること
悼襄王が最初に出てくるのは、幼い少年たちと大きな風呂に浸かっている場面です。一見すると民に囲まれた王のようにも見えます。ところが囲んでいるのは民ではなく、寵愛している美少年たちでした。
この構図は一度きりではありません。以後も悼襄王が登場するときは、たいてい浴室で少年たちに囲まれています。裸の少年たちを侍らせた入浴シーンは、繰り返し描かれる代表的な場面です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 性癖 | 美少年を寵愛し、裸の少年たちを風呂に侍らせる |
| 描かれ方 | 登場シーンの多くが浴室。入浴の場面が繰り返される |
| 史実の裏づけ | 悼襄王が寵愛した春平君と平都君を、秦が招いたという記録 |
| 即位と在位 | 名は偃。孝成王の跡を継ぎ紀元前244年に即位、在位8年 |
| 健康状態 | 病がちで血を吐く。自分の死期が近いと自覚している |
| 最期 | 浴室で酒を口にした直後に全身から血を吹き出して死亡 |
史実にも同じ記録が残っている
キングダムで悼襄王が即位したのは、王騎が李牧と龐煖に討たれた時期と重なります。史実の即位は紀元前244年です。その治世には、悼襄王が寵愛した春平君と平都君を秦が招いたという記録が残っています。
自サイトでも春平君は別に扱っていますが、彼は悼襄王が愛した美貌の男として実在が伝わる人物です。つまり漫画の浴室は、史料に出てくる人間関係をそのまま絵にしたものだと言えます。
即位直後の行動も一致しています。悼襄王は老いを理由に廉頗を退け、代わりに辺境の守備隊長だった李牧と龐煖を引き上げました。人を見る目が無いのではなく、好き嫌いで決めているだけの王でした。
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この性癖は、悼襄王を下品に見せるための装飾ではないと思っています。
史実から拾える範囲で、いちばん分かりやすく「国を見ていない王」を描ける素材がこれでした。
民を入れるべき場所に、少年を入れている。
初登場の風呂が民との交わりに見えるように描かれているのは、その皮肉を一枚目で出すためだと読んでいます。
なぜ国を捨てて快楽に走ったのか
悼襄王はもともと病がちで、作中でも血を吐く場面があります。自分が長くないことを本人が分かっていました。だから趙がどうなろうと知ったことではない、という立場を取っています。
秦に攻められたときの対応が分かりやすい例です。李牧が増援を求めても、出したのはわずかな兵だけでした。王都邯鄲の守りさえ保てば、落ちる前に自分は死ぬ。そう計算したうえで、残りの時間を快楽に使っています。
太子嘉が李牧の処刑に反対したときには、耳を食いちぎるという扱いをしています。まともな後継者を潰しにかかる王が、次の王に選んだのは太子遷でした。
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悼襄王の怖さは、暴君であることではなく先が無いと知っている暴君であることだと思っています。
先があれば、保身のために国を守ります。
先が無いなら、守る理由がありません。
秦にとっていちばん都合のいい王が趙の玉座にいた、という意味では、これも戦の一部として描かれています。
最期も浴室だった
悼襄王が死ぬのは、鄴攻めのあとです。いつものように美少年たちと浴室にいて、酒を口にした瞬間、全身から血を吹き出して倒れました。作中で死因は明言されていません。
以前から血を吐いていたので病死とも読めますし、酒を口にした直後という点から毒殺とも読めます。苦しむ王を、寵愛していた少年たちが笑って見ているだけだったのも印象的な場面です。
誰が殺したのかという問いについては、江姫をはじめ候補が複数います。
まとめ
悼襄王の性癖は、美少年を身近に置いて風呂に侍らせることです。登場シーンの多くが浴室で描かれています。
押さえておきたい点を並べておきます。
- 初登場から最期まで、ほとんどの場面が浴室と美少年
- 寵愛した春平君と平都君を秦が招いたという史実が下敷きにある
- 病で死期を悟っており、国の先行きに関心が無い
- 李牧の増援要請を退け、王都邯鄲の守りだけを優先した
- 太子嘉の耳を食いちぎり、次の王に太子遷を据えた
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性癖という入口から入ると、この王が国に対して何をしたかがいちばん速く見えます。
風呂は趣味の話ではなく、王が政務から降りているという絵でした。
だから李牧がどれだけ優秀でも、趙は先に内側から傾いています。
悼襄王を単なる変わり者と見るか、先の無い人間の合理的な振る舞いと見るかで、趙の敗け方がずいぶん違って見えます。
——あなたは悼襄王を、ただの暗君だと思いますか。それとも、死期を悟ったうえで国を諦めた王だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。
よくある質問
春平君という名前を史実側で見つけると、この王の描かれ方がかなり資料に忠実だと分かります。
Q. 悼襄王が美少年と風呂に入る場面はどこで描かれますか。
A. 初登場から最期まで、登場する場面の多くが浴室で美少年に囲まれた構図になっています。一度きりの描写ではなく、この王が出てくるたびに繰り返されます。
Q. あの性癖は漫画のオリジナル設定ですか。
A. 違います。史実でも、悼襄王が寵愛した春平君と平都君を秦が招いたという記録が残っています。悼襄王が美少年を寵愛したという伝えが下敷きにあります。
Q. 悼襄王は結局どうやって死んだのですか。
A. 作中では明言されていません。浴室で酒を口にした直後に全身から血を吹き出して死んでいます。以前から血を吐いていたので病死とも読めますが、毒殺を疑う声も強く、犯人の候補は複数います。
王の好みは史実にも残ります。愛された春平君、毒殺を疑われる江姫、土門将軍の最期へ。
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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年9月17日


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