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【アオアシ】馬場昌徳とは何者なのか?3年間ベンチだった背番号2が最後に北野蓮を止めた!

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馬場昌徳とは何者なのか?

結論から言うと、エスペリオンユース3年生の背番号2の選手で、ポジションはMFです。3年間ずっとバックアッパーで、最後の青森星蘭戦だけスタメンに立ちました。

スキンヘッドで顔が怖く、気性も荒い。「スキンヘッドの人」という印象しか残っていない方も多いと思います。ただ、この選手が最後に任されたのは、世代別日本代表の司令塔を一人で止める仕事でした。

この記事でわかること

  • 馬場昌徳の背番号とポジション
  • ガノン大阪戦で感情を爆発させた理由
  • お好み焼き屋で3年生に打ち明けた本音
  • 青森星蘭戦でスタメンになれた事情
  • 北野蓮を止めたマンマークの中身

背番号2、MF、3年生。ジュニアユースからの昇格組です

単行本6巻には、エスペリオンユースの選手名鑑が載っています。そこに書かれている馬場の情報が、この選手の出発点です。

  • 馬場昌徳(ばばまさのり)
  • 背番号:2
  • ポジション:MF
  • 学年:3年生
  • 所属:Aチーム

名鑑の表記はMFですが、作中では中盤の底からトップ下までこなしています。置かれた場所で仕事を変えられる選手です。

そして馬場はジュニアユースからの昇格組で、高校より前からエスペリオンにいました。つまりポジション争いの相手は、世代No.1の栗林とNo.2の桐木ということになります。

「幸せだったのは入団式当日までだった」

見出しの言葉は、馬場が3年間を振り返って自分で口にした愚痴です。憧れのエスペリオンに入れた日が頂点で、その先はずっと外側にいたという意味だと読めます。

上の学年には義経や山田といった代表組がいて、後輩からは栗林・桐木・遊馬が出てきてスタメンを持っていく。馬場の3年間は、自分より目立つ選手に挟まれ続けた時間でした。

馬場は、途中で挫折してやめていった仲間の気持ちがよく分かると語っています。自分にはやめる勇気がなかったので、目的をどこの大学に進学できるかに切り替えてサッカーを続けた、という告白です。

ここが、この選手のいちばん大事なところだと思います。馬場は自分を天才だと思っていません。それでもエスペリオンに入れたこと自体は、誇りでした。

ガノン大阪戦で、馬場は感情を爆発させます

ユース最強を決めるカップ戦で、エスペリオンユースは強敵ガノン大阪に1-5という大差で敗れます。

その試合後、馬場はエスペリオンユースがこのスコアで負けたことの重さを分かっているのかと怒鳴り、相手に狙われた1年生を未熟だと責めて、反論した大友に掴みかかろうとします。さらに、勝つことより戦術の習得を優先していたのではないかと、福田監督の采配まで批判しました。

ここだけ切り取ると、ただの荒れた先輩に見えます。ただ前の章を踏まえると、見え方が変わります。自分がベンチで見続けてきたチームが惨敗したから、耐えられなかった。誇りが強いぶん、衝撃も大きかったということです。

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嫌われ役を買って出るようになります

青森星蘭戦の前、3年生だけでお好み焼きを食べに行った席で、馬場は最後だからと本音を打ち明けます。挫折の話のあとに続けたのは、周りにプロになれる選手がいるなら、自分はその選手を絶対にプロにさせる側に回るという決め方でした。

そう考えられるようになってから気持ちが楽になり、チームの嫌われ役を買って出るようになったと語っています。ガノン大阪戦で1年生を責めた場面と、この決め方は矛盾していません。どちらも、エスペリオンが最強でなければ困るという一つの気持ちから出ているからです。

僕はこう読む

この打ち明け話が、お好み焼き屋で出てくることに意味があると思っています。
ピッチでもロッカーでもなく、3年生だけの席です。そして馬場が最初に言ったのは、感謝でも決意でもなく「幸せだったのは入団式当日までだった」という愚痴でした。
3年間ベンチにいた人が、最後の試合の前に本音を出す。愚痴を全部出したあとで、周りの選手をプロにさせる側に回ると続けているから、その決意が軽く聞こえないのだと思います。きれいごとから始まっていないところが、この選手の信用だと僕は読んでいます。

福田監督は、馬場の経験を評価していました

采配に文句を言った馬場ですが、福田監督からの信頼は厚いままでした。

19巻の船橋学院戦では、先制点を奪われた場面で馬場が途中出場しています。福田が馬場を出すと伝えたとき、望コーチは経験のある馬場なら柔軟に対応できると同意しています。

この試合、スタメンで出ていたのは大友です。馬場にとって定位置を奪われるのは慣れたことでした。それでもベンチでチームを支えられる選手だと、監督たちは分かっていたということになります。

青森星蘭戦のスタメンは、小早川の怪我によるものです

優勝をかけたプレミアリーグ最終節、相手は首位の青森星蘭高校。この試合で馬場はスタメンに名を連ねます。

抜擢というより、普段レギュラーの小早川が怪我で出られなかったための起用でした。ここは正直に書いておきます。3年間ベンチだった選手が、最後の最後に回ってきた席に座った、という形です。

試合前日の緊急ミーティングで、福田監督はガノン大阪での大敗から自信を失っていたチームを立て直し、馬場はそこで改めて信頼を伝えられました。怪我の代わりに出る選手に、監督が前の日のうちに言葉をかけている。ここに、福田が馬場を数合わせとして見ていなかったことが表れていると思います。

北野蓮のマンマークを、一人で任されます

前半、世代別日本代表でもある青森星蘭の司令塔・北野蓮に試合を支配され、エスペリオンが劣勢に回ったところで、福田監督は前半残り10分のキーマンに馬場と1年生の橘の2人を指名し、馬場には北野のマンマークを命じました。

戸惑う馬場に福田がかけたのは、3年間で基礎の基礎から教えてきたのだから、それを全部使えばやれるという言葉です。励ましではなく、3年間の中身を根拠にした指名だったところが大事だと思っています。ベンチにいた時間を、監督は無駄な時間として扱っていませんでした。

マンマークの中身は、手で方向を感じ取ることでした

覚悟を決めた馬場が使ったのは、福田にかつて教わった、手を使って相手の動く方向を感じ取るという基本中の基本です。

特別な技ではありません。3年間、試合に出られないまま繰り返してきたことです。それを忠実に実行して、馬場は前半のアディショナルタイムまで北野蓮にボールを触らせませんでした。

アディショナルタイムには北野に抜かれますが、身を投げ出して足先でボールに触り、それが阿久津のクリアと橘のカウンターにつながりました。結果は前半0-0で、馬場は前半で交代し、これがユース最後のプレーになります。

抜かれたこと自体は、北野との力の差としてそのまま描かれています。それでも最後に足が出たのは、マークを外されたあとも追い続ける癖が、3年間の練習で体に入っていたからでしょう。ハーフタイムに福田にスキンヘッドを撫でられて喜ぶ姿は、この選手がずっと欲しかったものが何だったのかを、言葉より分かりやすく見せていると思います。

僕はこう読む

馬場が北野蓮を止めた方法が、手で方向を感じ取るという基礎だったことに、この作品の考え方が出ていると思っています。
天才を止めたのは、天才の技ではありませんでした。3年間ベンチで、試合に出られないまま繰り返してきた基礎です。福田が基礎の基礎から教えたと言ったのは、慰めではなく、勝算の話でした。
そしてこの試合、馬場が出られたのは小早川の怪我のおかげです。実力で勝ち取った席ではありません。でも、席が回ってきたときに立てるかどうかは、3年間の過ごし方で決まっていました。
周りの選手をプロにさせる側に回ると決めた選手が、最後に自分の手で未来の日本代表を止める。順番が逆に見えて、実はこれしかない順番だったと僕は読んでいます。

まとめ|馬場昌徳をどう読むか

馬場昌徳はエスペリオンユース3年、背番号2、ポジションはMFです。3年間ずっとバックアッパーでした。

3年間で描かれたのは、この4つです。

  • ジュニアユースからの昇格組
  • ガノン大阪戦の1−5敗戦後、1年生を責め福田の采配まで批判した
  • 以降は嫌われ役を買って出るようになる
  • 青森星蘭戦のスタメンは、小早川の怪我による起用

僕はこう読む

幸せだったのは入団式当日まで、という愚痴に3年ぶんが入っていると思います。
上がってきた時点が頂点で、そこから先はずっと外側にいた人です。
それでも辞めずに残り続けました。

そして最後の試合で、世代別日本代表の北野蓮を前半のあいだ抑え込みます。使ったのは福田に教わった手で方向を感じ取るマンマークでした。あれを3年間の蓄積が出た瞬間と読むか、たまたま巡ってきた一度きりと読むかで、この背番号2の重さが変わってきます。

——あなたは馬場が北野蓮を止めた場面を、3年間の蓄積が出た瞬間だと思いますか。それとも、たまたま巡ってきた一度きりの出番だと思いますか。よければコメントで、どちらに近いか教えてください。

よくある質問

馬場昌徳は背番号2という以外の情報が少なく、青森星蘭戦の起用まで出番が離れています。順に確認しておきます。

Q. アオアシの馬場昌徳とはどんな選手ですか?
A. エスペリオンユース3年生で、背番号2、ポジションはMFです。ジュニアユースからの昇格組で、6巻の選手名鑑ではAチームに所属しています。作中では中盤の底からトップ下までこなしています。

Q. 馬場はなぜガノン大阪戦のあとキレたのですか?
A. エスペリオンユースが1-5で大敗したためです。相手に狙われた1年生を未熟だと責め、反論した大友に掴みかかろうとしました。さらに福田監督の采配まで批判しています。エスペリオンが最強であることへの誇りが強かったためと描かれています。

Q. 馬場が青森星蘭戦でスタメンに出られたのはなぜですか?
A. 普段レギュラーの小早川が怪我で出場できなかったためです。前日の緊急ミーティングで、福田監督から改めて信頼を伝えられています。

Q. 馬場はどうやって北野蓮を止めたのですか?
A. 福田監督に教わった、手を使って相手の動く方向を感じ取るというマンマークの基本を忠実に実行しました。前半のアディショナルタイムまでボールを触らせず、抜かれたあとも足先でボールに触り、阿久津のクリアと橘のカウンターにつなげています。

Q. 馬場のユース最後のプレーは何ですか?
A. 青森星蘭戦での北野蓮のマンマークです。前半0-0で終えたあと交代となり、これが最後の出場になりました。

この記事の続きに

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この記事を書いた人:カイ。読み終わったあとの「なんでここ、こう描いたんだろう」を、一人で考えています。→ 運営者情報
最終更新:2026年8月26日

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